スレ企画[お題で妄想]その6

[お題で妄想] その6の1 「スポーツの家庭教師」「やる気ない&そっけないクールっ娘な中学生」
「彼女の隠れハイスペックに気づいたつもりが、隠していた実力は更に……」
「男と少女の温度差」「本気で勝ちたいのに、あしらわれてしまう」



ハーケスタル王国首都、その秩序の中心を担うメシュキー=デラーズ大神殿、自戒の間。
神官長が若き神官たちへ、去っていった神官達の行いを語る事で自らを省みさせる場だ。
半すり鉢状の空間を埋め尽くす、千名を超える若者達へ、教材が配られて行く。
これは、かつて神官長を務めた男がある少女と巡り逢い、そして破滅に至るまでの記録である。



DAY -36


今日の対戦相手は強かった。そんでもって、すげえ充実した闘いだった。
何でも、自分より強いやつを探しに来たとかで・・・このハーケスタルの地へ、ずいぶん東から来たらしい。
暇なやつもいるもんだよなあ。まあ、大道芸人の俺だけにゃ、言われたくねえだろうけどよ。


あいつの重い打撃と心の熱さが、まだ胸に残ってるぜ。
男同士、残雪の上で大大の字になって武を語るってのもいいもんだ。
少々サビついてるとはいえ、俺の神官極倒術と引き分けに持ち込むとは、本当に大したヤツだ。
またいつか、こんな熱く燃える闘いをやりてえな。


この男は同い年だが、「チューガクセー」の妹さんが国で待ってるらしい。
歳を聞いてビックリさ。14歳だとよ。「娘さん」の間違いじゃねえかと、俺は思ったね。
家族か。親も兄弟も知らず、物心ついたら神殿に引き取られてた俺には、関係のねえこった。


それから、「ケーサツ」ってのがあいつの国にはあるって話だ。悪い奴をとっ捕まえて説教する所らしい。
ハーケスタルでいう神殿にあたるんだろうな。まあ俺は、もう神官なんざやめちまったから、関係ないが・・・


日記なんかを書くのは久しぶりだ。やっぱり俺も格闘家なんだな。また明日も書こう。
それより、明日のネタを考えておかねえと・・・もう、手持ちのバルグも少なくなってきたしな。



DAY 0


いけねえ、もう一ヶ月以上も日記をサボっちまってた。
今日は俺の人生の最高の転機になる一日だろう。忘れねえように、ガッチリ書いとかないとな。
それにしても、こんなフカフカのベッドとでかい枕で眠れる日が来るとは、まだ俺の人生も捨てたもんじゃねえぜ。


大道芸でおひねりを貰う必要がなくなったのは嬉しいが、長い事やってたからな、ちょっと寂しいところもある。
やつに教えてもらった「ヒョーチューワリ」とか言ったか・・・これは使えた。
なんつっても今の時期なら、凍った池から氷を持ってくれば元手要らずだ。
同じく「ビールビンギリ」は、確かにウケは悪くないが・・・切ったらすぐ全部飲まなきゃならんのが難だった。


だが、どんなに熱いネタでも、同じ所で続けていれば飽きられちまう。お客さんの目ってのは、マジで厳しいぜ。
だからこうやって俺は、故郷メシュキー=デラーズから遥か東の、国境の街まで流れ着いたってわけさ。
今日の稼ぎは375バルグ。定食だって安くて500バルグはするってのに、これじゃ俺の胃袋は到底満たされっこねえ。
昨日もおとといも、同じようなモンだ。正直、本当にヤバかった。ツラさを紛らわす酒も買えねえんだからな。
みぞれ混じりの雨の中、街を食い物求めてウロついてたらぶっ倒れて・・・このじいさんに拾われてたってわけよ。


このアーヴィーって言う上品な白髪のじいさんは、本物の紳士だ。
こんな薄汚ねえ男を泊めてくれる上に、暖かいスープとパンまで出してくれる。
それにしてもスッゲエお屋敷だ。
この大広間の三枚の絵画なんか、鳥肌が立つほどだ。全部でいったい何千万バルグするんだろうな。
多分、この地方の貴族か何か・・・お偉いさんが住まわれてるんだろう。
って言うのは、このじいさんはこのお屋敷の「主」じゃなくて、使用人頭らしいんだ。


お手伝いさんは大勢いるみたいだが、このお屋敷の主は誰なのかと俺が訊こうと思った時
じいさんは俺の右手を取った。そして、


おっと、余白が無くなっちまった。続きは次のページに書かないとな。
って、まるでこれを読む奴がいるみてえな書き方だな。そんな物好きがいたら、一度顔を拝んでみてえもんだ。



[お題で妄想] その6の2


「神官様」
じいさんの言葉に、俺はギョッとしちまった。神官と呼ばれたのは、何年ぶりか知れねえ。
神官式の、右拳を左手で包み左膝を突くという、最高の感謝を表す敬礼を知っている事にも、ぶったまげたが・・・


「その右手の印、さぞ高名なお方なのでしょう。お頼みしたい事があるのですが・・・」
ハーケスタルの大地は広い。首都のある西と、辺境と呼ばれる東じゃ、言葉が通じねえ街があるぐらいだ。
こんな国の東端まで来たが、師範の証である、拳鉄槌の焼印を知ってる奴がいるとは・・・
俺は嬉しくなって、思わず饒舌になって過去を話してしまった。


俺は昔、神に仕える身だった。神官極倒術の師範として、大神殿で200人以上の門下生をまとめてたんだ。
この国では悪を裁くのも読み書きを教えるのも神殿の役割だ。唯一の処刑場も、首都大神殿の地下深くにあるんだと聞く。


俺は神官長として、全ての邪悪をねじ伏せる、強固な肉体と意志の力を弟子に与える責任感に燃えていた。
弟子達も、俺をアニキアニキと慕う、威勢の良い熱い野郎ばかりだった。
だが・・・思い出したくもない事だ。組手の最中、誤って弟子を・・・やめとこう。じいさんにも詳しくは話さなかった。
俺は十年かけて上り詰めた神官長の座を、一日で降りた。ただ強いだけじゃ、神官長にはなれねえ。
鋼の意志で常に自己を律する態度と、深い知識、敬虔な信仰があってのことだ。自分で書くのも苦々しいがな・・・
だからなおさら、神殿には居られなかった。ここまでがじいさんに話した事だ。ここ、日記に書く必要なかったかもな。


「14歳のお嬢様がおります。お嬢様を・・・どうか、助けて頂きたいのです。
しばらく神殿にも通っておりません。その極倒術で、厳しく躾をお願い致します」
14歳・・・神殿学校中等部。やつの娘・・・じゃない、妹と同じ歳だなと思った。
命の恩人の頼みだ。俺はドカンと胸板を鳴らして引き受けた。
うらぶれた大道芸人の俺が、今度は反抗期のお嬢様の家庭教師か!へへっ、なんだかワクワクしてきやがったぜ!


いかんいかん、俺の日記は長くて読みにくくてかなわん。
そういえば自分でつけた日記を読み返したこともなかったな。まあいい。いまはとにかく書きたい気分なんだ。
勘違いするんじゃねえぞ。俺を待ってる未知のお嬢様にドキドキして眠れないから日記を書いてるんじゃないからな。
って、俺は誰に書いてるんだろうな。笑っちまうよな。いいトシこいたおっさんがよ。


しばらく続けてみるかな。日記。



DAY 1


やべえ・・・このペンを持つ手が、震えている。
とんでもねえ、想像を全く超えた美少女に、俺は出会っちまった。


灰色がかった銀髪を、大きな青いリボンでポニーテールにまとめている。
すげえ髪のボリューム感だ。そして艶の美しいこと・・・!どんな滝の名所を見るより、心が奪われちまった。
これで髪を下ろしてティアラでものっけたらよ、本当にどっかの国のプリンセスと言っても1000人中1000人が信じるぜ。


中庭に冷たい山おろしが不規則に吹き込むたびに、密着して身体の線を魅せつけてくれる、薄手の灰色のローブ・・・
本当に・・・本当にすらっとした、ゾッとする程のいい女だったよ。
すらっとした、ってのは、身体の線が、抱き締めたらすぐ折れちまいそうに細いってのもあるんだが、


クソッ、インクをこぼしちまった。


纏う雰囲気自体が、抜き身の氷のレイピアみてえに・・・ああ、俺の文章力じゃ、到底まとまらねえ。
とにかく、大神殿の巫女達もまるで霞んじまう、とびっきりの・・・気品に満ちた氷の美少女だ。


俺は、なぜだか土に跪いて美少女を見上げ、名を名乗った。もう早口で自分が何を言ってるのかもわからなかった。
美少女は、硬い靴音を響かせつつコツコツと歩み寄り・・・立ち止まらずにコツコツと横を通り過ぎていった。
聞こえなかったのかと思って、もう一度己の名前を言おうとした所で、凍り付いてしまった。


一瞬だけ振り返ったその蒼い目には、人間らしい情の欠片も感じられなかった。氷の彫刻のようだった。
世の中の全てに飽いたような冷たい眼光に、俺は喉がカラカラに乾いちまって、呆然とうなだれた。


眠れねえ。明日も、あの少女と俺は、顔を合わすんだな・・・
神よ、俺の胸の高鳴りを、どうかお鎮め下さい。



[お題で妄想] その6の3


DAY 2


俺は今、怒りに燃えている。
その顔も知らねえ外道の所業に、そして・・・俺自身の心の弱さに。


俺は恩人のじいさんを伴って、あの氷の姫様へ、改めて対峙した。
屋敷は手前と奥に分かれていて、左右端の渡り廊下と、広い中庭で結ばれている。
奥の屋敷の中央、少女の居室・・・俺は一音一音、腹から声を出すようにして己の名と与えられた使命を叫んだ。


――臭い。唾を飛ばさないで――
少女は白い脚を艶かしく組んだまま、百の言葉よりも雄弁に、唇を閉じたまま、その切れ長の二つの瞳で語った。
凍った沈黙が俺たちを包んだ。


すげえ、圧迫感だった。だが、俺も神官長まで上り詰めた男、誇りにかけてここは退けない・・・
そう思った瞬間、少女は椅子を蹴倒して立ち上がり、


くそっ・・・書きたくない!
書きたくもない事だが、元神官としての「自戒」の意味を込めて、その恥辱を記す事にする。


鼻先へ、小さな左拳が突き付けられていた。
俺は「ひゃあ」と喚いた。余りの滑稽な悲鳴に、自ら笑いと恐れの中間の表情で、固まってしまっていたはずだ。
甘酸っぱい匂いの紅茶が霧になって、見上げる顔へ吹き付けられた。俺は、腰を抜かしてしまっていたのだ。
じいさんに、またも助けられた。膝が笑って立ち上がれない俺を、部屋の外へ引っ張り出してくれた。


以下はその夜、手前の屋敷でじいさんと食事をとっている時に聞いた話だ。


少女は父に愛されなかった。
「ゲルメズ」という、この地に伝わる、天を駆け災いを撒き散らす悪魔の名が与えられたのも
貴族の地位を維持する為の、男児が産まれなかった腹いせからなのだと・・・


俺は思わず、父親への義憤にかられた。あの可憐な少女の心が荒んでしまったのも、そいつのせいなのだ。
腕をへし折ってやるからそいつを連れてこいと、俺は怒りに任せて叫んでから、自らの非礼を深く詫びた。
「いいのです。ゲルメズお嬢様のお父上は、もうここにはいないのですから」
沈痛な表情だった。俺は、じいさんにこれ以上の事情を聞くことを、やめた。


「無理は言いません。ただ、お嬢様の将来が心配なのです・・・」
命の恩人の言葉が胸に刺さっている。
明日からは気合いを入れ直して、家庭教師としての責務を果たそう。



DAY 3


しつけは、まず上下関係を・・・理解させる事が基本だ。
今日は、それを力で分からせてやる事が、目的だった・・・


俺はじいさんと昼食を済ませると、少女がよく通るという、中庭で待つ事にした。
心の準備も出来ていない内に、少女は奥の屋敷から出てきた。


奥と手前の屋敷を結ぶ細い石畳、俺は足を横に開き両手を斜めに広げた。
俺の鍛え抜かれた肉体をさらに大きく見せる、神官極倒術独特の構えだ。
どうせまた寸止めの威嚇だろうが!この、人を殴る勇気もねえ小娘が!
そう思って、そのまま組み伏せようと


嫌だ。何で俺はこんな事を日記にしなければいけないんだ。今も、涙がこぼれて、止まらない。


顔面が、弾け飛んだ。
こんなに何の躊躇もなく人を殴り、そして左拳とローブを汚す返り血に戸惑うどころか
何の感情も感じてすらいない・・・こんなヤツは、初めてだった。痛み自体も、桁が違った。
十の拳を一に凝縮したような、百戦錬磨の格闘家である俺の許容量を一撃で溢れさせる、死霊の拳だった。
恐怖を読まれまいと、必死に表情を繕う程に恥辱が増し、涙があふれた。


――どきなさい。クズ――
少女はうずくまる俺を、死んだ眼で見下ろした。歩く道すがらの小石を無造作に蹴飛ばすかの如く
俺の潰れた鼻面を柔らかな太ももで圧しのけ、真っ直ぐに屋敷へと歩いて行く。俺は湿った土に突っ伏した。


ふさふさと揺れるポニーテールが遠くなる。怖気がするほど、その後ろ姿は綺麗だった。
俺は、格闘家だから、背を向けた相手は、襲えないんだ・・・!
刺すような痛みと、一瞬に迸った冷酷な視線に起き上がる事すら出来ない、己の心の弱さへの情けない自己弁護に
俺は食ったばかりの昼食を、嗚咽と共に吐き戻した。


やる気の欠片も感じられない両手を下げた状態から、構えも無しに顔面を打ち抜く、必滅の衝撃・・・
左拳に返り血が付いていたのだから、左の拳なのだろう。だが、それが何なのかは、全く視認できなかった。
言うならば「美しい弾丸」だ。この弾丸の謎を暴かなければ、俺は・・・


日記は続ける事にする。
この先どんな屈辱が待っていようが、洗いざらい記録する。
それを止めたら、俺という男がこの年端も行かぬ美少女の拳に、敗北を認めたことになるからだ。



[お題で妄想] その6の4


DAY 4


少女は、四つん這いに鼻血を垂らす俺の背を椅子代わりにして、虹を眺めながら寛いでいた。
極上品だろう紅茶で退屈そうにうがいをし・・・生ぬるい屈辱が、頭へ吐き掛けられた。
中庭のグズグズに湿った土に、ポットから直接紅茶が注がれた。
後頭部に硬い感触・・・靴だった。鼻血と紅茶と少女の唾液が交じった泥をすすり、俺は泣いた。


「美しい弾丸」は、今日も痛みと屈辱だけを、俺に与えた。
今日は他に書くこともない。



DAY 5


今日は神殿学校でも休日だ。気晴らしに、広い外庭を散歩する事にした。
美少女は、背伸びしてりんごの木の枝へ手を伸ばしていた。何回か飛び跳ねるが、拳二つ分ほど届かない。
そのたびにひらひらと、丈の短いローブが風に舞う。悔しいが、綺麗な脚だ。


可愛い所もあるじゃないか。取ってあげよう。本当に親切心で、そう思った。
ついでに、大道芸技のりんご潰しで男の逞しさを見せつけてやろうか。そう考えを巡らせているうちに
少女の左手にはりんごが握られていた。結局、少女は俺に気づかぬまま、山側の屋敷の裏へ消えてしまった。


昨日の、少女の柔らかく儚い重みが、まだ背に残っている。
魅惑の芳香を放つ銀髪が、風に揺れ頬を撫でた。その後の苦い味は、昨日書いたからもういい。


あの子には、俺しかいないのだ。
まさに氷の少女・・・凄まじい温度差だ。俺の燃え盛る熱血の炎で、氷に閉ざされたその心を溶かしてやる。
待ってろよ。俺のお姫様。



DAY 6


見てはいけない物を、俺は見てしまったに違いなかった。
見てしまった以上、絶対にこれだけは、見つかってはならない。


まず俺は、少女に「本気を出させる」事にした。
本気と本気のぶつかり合いでこそ、結果を超えて拳の間に友情が生まれるからだ。


「今日は殴って来ないのか!もっと熱くなれよ!俺と拳で語ろうぜ!」
そう叫ぶほどに、檻の中の死罪人を憐れむような静寂の視線が、俺を虚しく斬り刻んだ。


我を忘れて突っ込むも、少女の軽快な身のこなしにかわされ、水平に翻った銀髪が柔らかく視界を塞いだ。
銀のカーテンが開けると、あの左拳、「美しい弾丸」が突き付けられていた。


――次はないわ――
拳の奥の座った眼が、そう語っていた。
二日、打たれていない。想像するだけで、得体の知れない冷たい稲妻が鼻先に走るようだった。


俺は失意の中、与えられた自室へと戻る途中・・・廊下に落ちていた、古ぼけた黒い手帳を拾い上げた。
ここは門側の屋敷だ。使用人の落し物かな、そう思って、中ほどのページを何気なくめくった。


<ボゾルグ王の治世13年 9月25日>
暴力は楽しい。
どんなに美味しい紅茶も、毎日なら飽きてしまう。
でもこれだけは、しばらく飽きそうもない。
この間、アーヴィーが呼んだ家庭教師の男、どうしているだろう。
人に言われてする暴力なんか、退屈で、嫌。
鼻を折ったら、屋敷から這って逃げていった。
もう十何人目かも、忘れた。
でも、これは寂しい楽しさだ。
お父さんは、私に振り向いてくれないから。


夢中で書き写してから後悔しても遅い。これは、あの少女の日記だった。俺はカギ付きの棚に手帳を封印した。
もう、二度と開くことはない。カギは中庭の深い池に捨てたからだ。
武の道と暴力は、断じて違うのだ。相手を敬い高め合う清い精神を、あの子に教えてやりたい。



DAY 7


中庭。人ひとりの幅の石畳が、二つの屋敷を真っすぐ繋いでいる。


頼むから、どいてくれと神に祈った。
「美しい弾丸」の間合いまで、あと三歩、二歩・・・
横に身体をどけてしまったのは、俺だった。俺はこの時点で、既に敗北していた。


少女は石畳を蹴り、わざわざ黒くぬかるんだ土を踏みしめた。
つぅんとした衝撃が、鼻の奥に弾けた。


一撃決めただけで勝者になれると思っているのか?止めを刺すまで俺を殴ってみろ!
上塗りされた敗北の苦さに、その言葉は出せなかった。


――嫌よ。せっかくの玩具を壊しちゃうもの――
冷めた眼で俺を見下ろし、去っていく少女は、誰が見ても勝者に違いなかった。


脱力の自然体から放たれる神速の左拳の正体は、未だに謎だった。
疾く、痛く、そして長い。あんなにも華奢な少女の体から、なぜこんなにも伸びてくる?
生徒より強い教師として武の道を勧める事も出来ない悔しさに、涙が溢れた。


どうして・・・この少女は見も知らぬはずの俺の心を、こんなにも叩き潰そうとするのだろうか。



[お題で妄想] その6の5


DAY 8


今日は進歩があった。「してはいけない」事が、わかったからだ。


俺と少女の身長差を考えれば、「美しい弾丸」は斜め下から来るはずだ。
ならば、肘を合わせて顔面を覆っていれば打たれない。完璧な作戦だった。


――臆病者――
侮蔑の視線が、両腕の隙間から俺の心を深く抉った。
「俺は臆病者じゃない!!」
絶叫し襲い掛かった瞬間、視界が弾け飛び石畳が見えた。全力の突進を弾き返す一撃は、痛みの次元が違った。
俺は声を殺して泣くどころか、のたうち回って鼻血を撒き散らしながら悶え狂った。



DAY 9


鼻が痺れている。石畳で打ったらしく、全身が痛い。動けない。今日は一日中、横になっていた。
そういえば、あの子の声を、一度も聞いた事がなかった。



DAY 10


凍り付くような鼻の痺れは、治まってきた。限界が、近づいてきている。


最初から防いでいれば、敗者の烙印を押される。拳に反応して腕を取れば、俺の勝ちだ。
関節を極めるまでもない。あの華奢な手首・・・少し力を入れて握れば、激痛に膝を突くはずだ。
だが、あの拳は異常だ。構えも前兆も全く無い。打ちに来た拳を取ろうとして反応できる速さじゃない。
後ろに引きこむようにかわし、戻る拳を取るしかない。早く決着を付けなければ。



DAY 11


――少しは使えるようになったみたいね――
小雨降る夕暮れの中庭、少女の銀の眉が、初めて緊張に引き締まった。
少女の領域に入る。瞬間、拳一つ半、確かに避けた。心と体と技が噛み合った、生涯最高の避けだった。
何も、間違ってはいなかった。


――などと、私が言うとでも思っていたの?救えないクズ――
少女はきびすを返した。靴の踵で飛ばされた泥が、仰向けになった俺の顔に積もった。


俺は夜を待たず、石畳の上で死人のように眠った。



DAY 12


<ボゾルグ王の治世13年 5月24日>
今日は生まれて初めて、人を殴った。
お父さんは、私に振り向いてくれない。
お父さんに認められる女の子になりたかった。
今年になってからアーヴィーにすすめられた舞操術は、私に合っていた。
お父さんみたいな逞しい先生にほめられるのがうれしくて、夢中で練習した。
膝や指が曲がらない方に曲がるという、私のからだに先生は驚いていた。
もともと私はこうだったから、他の子に出来ないのが、不思議だった。
なぜこんな退屈な技を繰り返すだけで10点満点をくれるのか、わからなかった。
でも、本当のお父さんは、私に振り向いてくれない。
悲しくて、先生にだけはもっとほめてもらおうと、教科書にない技を次々と見せた。
先生は教えることがなくなって、私を畏怖の目で見た。
今日、私の机に「死ね魔物女」と書いてあった。
同級生も、私と距離を置き始めていた。
畏怖の目は嫉妬へ、嫉妬は差別へ、差別は迫害へと変わっていった。
机に書いてある事を目の前で叫んだのは、あの先生だった。
最高の手応えの、本当の満点の技だった。
赤く潰れた先生は、次の日から神殿に来なくなった。
私のからだに本当に合っていたのは、舞操術ではなかった。
暴力だ。


俺は大広間へ駆け込み、絵画の表題を見た。
雪風の妖精」「降臨する天使」「しなやかなる慈愛の女神・流水の演舞」
どの画家も、少女の舞に心狂わされているかのような、荒々しく凄まじい筆致だった。
大神殿にいた頃は、隣国からも見物客が来る、巫女の舞を飽きるほど見ていた。
そんなものとは比べ物にもならない、壮絶な美に違いなかった。


俺は棚を引き壊して黒い手帳を取り出し、「美しい弾丸」の謎を解く手がかりを探した。
白紙の日ばかりだ。そして、最初の日記に眼を奪われた。
俺の鼻を、なぜ避けたはずの拳が打ち抜いたのか、今わかった。


謎の正体は、その驚異的な身体能力、特に柔軟性だった。
足首、膝、腰、肩、肘、手首・・・
全ての関節が、少女の全身を一振りの「意志のある鞭」と化していたのだ。
全関節の反動で引き戻される拳の余りの疾さが、瞬間に弾ける「痛み」を極大に高めた。
しかも手に持って扱う武器とは違い、血の通った拳は最も屈辱的な痛みと流血を伴う急所を正確に捉える。


そして脚の位置から、俺の予想よりも軽く拳三個分は伸びる硬い切先。
後ろに仰け反る事で拳一つ半。横にかわすには、拳一つが限度だろう。
では、俺はどうすればいい?
この少女の心を救えるのは、俺しかいない。俺には、愛する少女を救う力がない。
俺は、何のために生きているんだ?



[お題で妄想] その6の6


DAY 13


次がある、と思うから負けていた。
じいさんに使用人を全員集めさせ、手を繋がせて、逃げられない三重の檻を作った。
次は、なくなった。
眠れない。眠れない。眠れない。眠れない。檻の中で死ねば眠れた。眠れない。眠れない。
眠れない。眠れない。眠れない。眠れない。眠れない。



DAY 14


今は他人事のように、冷静に、勝者の強さと敗者の弱さを、振り返る事ができる。
全てが終わった。もう、俺じゃない。俺はもう、死んだのだから。


何故か、あの忌まわしい中庭へ足が吸い寄せられてしまっていた。
少女が、いた。俺は、凍ったまま門側へ後ずさり、一歩、二歩と、逃げた。
――逃げるんだ。腰抜け――
冷めた優越感に満ちた、だが、どこか淋しげな視線だった。
溢れる涙を、どうする事もできなかった。俺は低い階段に踵をつまづかせ、後頭部を打った。


もう俺は、おかしくなっていたのだろう。
深夜になって、使用人の目を掻い潜り、少女の寝室へ忍び込んだ。カギは、掛かっていなかった。
魔の柔軟性も、眠っていては発揮できないに違いなかったからだ。


月光に浮かび上がる、白猫の顔が散りばめられた、余りにも可愛らしい淡桃色のパジャマ。
毛布がはだけ、秘部を覆う下着の線すらも、うっすらと浮き上がっていた。
これからする行為に自己嫌悪を抱かせる程の、純真無垢な可憐さだった。
幾度も鼻に弾けた屈辱の拳の味が、劣情を更に加速させた。
その脚と脚の間に、火照った鼻をうずめようとしたその時だった。


少女の両眼は、見開かれていた。
「死んでいる」・・・俺は恐怖に弾き飛ばされ、硬直し、立ち尽くした。
死体は、起き上がった。少女は、眼を開けたまま眠っていたのだ。


俺は、ドアから入ってきた進路を真っすぐ後ずさり、廊下の壁へ頭をぶつけた。
「美しい弾丸」が、弾けた。天井まで飛び散る己の鼻血を、俺は眩む意識の中で眺めていた。
鍵が、大きな音を立てて掛けられた。
拳と鼻が触れ合う度に大きくなっていた、美少女への歪んだ恋心。
完膚なきまでに打ち砕かれた肉体と心に、噴き出す鮮血と涙が止まらなかった。


破裂音を聞いた使用人に気付かれたのだろう。じいさんが、呆然と座り込む俺の前に立っていた。
重い門が閉ざされ、閂が下ろされた。その上から、荷物袋と分厚い札束が、投げ付けられた。


どのような屈強の戦士も、眠っている所を襲われれば、無力な赤子に等しい。
少女は自己の身を守る防衛線を、一日中、ひと時も休む事なく張り巡らせていた。
悲しき氷の姫君。必殺の武器はその「柔軟性」、無敵の防壁はその「悪意察知力」だった。
涙がまた溢れてくる。屈辱も、恐怖もあった。だが、何がこの子をこうさせてしまったのだろう。
可哀想だ。余りにも、哀れでならない。あの子を救えなかった無力感に、俺は打ちひしがれた。


苔の生えた、土ぼこりまみれの、どこかの朽ちた納屋で、これを書いている。
荷物袋をまさぐると、黒い手帳が出てきた。最後までめくると、白紙ではないページが、もう一つだけあった。


<ボゾルグ王の治世13年 12月21日>
私は昨日、お父さんを殺した。
寝室にお父さんが来てくれたのなんて、何年ぶりだろう。
お父さん大好き、大好きと、私はその逞しい胸に飛びこんだ。
私は、泣いた。
愛しているよと、お父さんは言ってくれた。
お父さんに抱かれて、涙があふれて止まらなかった。
だけど、何かが違った。
お父さんは、火のように熱い舌を、私の汚いところへ伸ばした。
お父さんは、私を「女として」抱こうとしていた。
お父さんの鼻が、ぱりんと砕けた。
壁に押し付けて、鼻を、殴って、殴って、殴った。
殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴った。
お父さんの鼻がぱんぱんに腫れて、熟れすぎたトマトみたいに、ぐにゃぐにゃになった。
使用人をみんな集めて、動かなくなったお父さんを見せた。
お父さんの鼻を、殴って、殴って、殴った。
殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴った。
殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴った。
お父さんは、もう二度と動かなくなった。
私は、泣いた。
泣いて、泣いて、涙が枯れて目が覚めたら、泣く声の出し方さえ、忘れてしまっていた。


笑っちまう程の、人間の出来損ない。俺と、全く同じだ。違うのは、こいつは死んで、俺は生きてる。
なぜ、神は俺の身体を生きさせているのだろう。そろそろ、休みをくれ。



[お題で妄想] その6の7


DAY 15


どこへ行くのかさえも、決めていなかった。ただ、この街から、逃げたかった。
どこか遠くへやってくれと札束を寄越すと、御者は悲鳴を上げて、こんな大金は受け取れないと言った。
一番上等な酒を買ったのも、早くこの金を使い切りたかったからだ。全てが、どうでもよくなっていた。


その時、一条の光が俺の眼を撃った。光輝の主は、真っすぐに歩み寄ってくる。天使は、髪を下ろしていた。
道行く全ての人間がその神々しい美に足を止め、美少女の後ろに、無数の石像が造られていくようだった。
自嘲に凍え切っていた熱血の炎が、爆裂し燃え上がった。俺を追って来てくれたのだと、信じて疑わなかった。
俺は辻馬車から飛び降りると、愛する少女の名を叫びながら、両手を振って駆け寄った。


氷の眼は、俺ではなく、「進行方向の一点」のみを見据えていた。
白銀の大瀑布は俺のすぐ横をすれ違い、乾いた風に舞いながら遠ざかっていった。
完全なる、無関心だった。
憤怒、憎悪、殺意・・・熱血の炎はどす黒い狂気の豪炎と化し、獣の叫びが街に木霊した。


握り潰した酒の瓶を両手で腰溜めに構え、背後から全体重を載せて突きかかった。
格闘家としての誇りも、何もなかった。ただ、振り向いて欲しかった。


煌めく銀のカーテンを割って、必滅の左拳「美しい弾丸」が、「真後ろ」へと撃ち抜かれた。
少女の「柔軟性」をもってすれば、操る関節の向きなど、瑣末な問題だったのだろう。
鉄壁の「悪意察知力」は、少女にその可憐な顔を振り向かせる必要すら与えなかった。


一瞬の浮遊があった。着地の勢いで、更に転げてうつ伏せになった。鼻がへし折られたのが、自分でもわかった。
銀のシルエットが、紅く歪んだ視界の中で、小さくなっていく。俺はもがいた。
衆人環視の中、酒瓶の破片にまみれながら、少女の名を泣き叫び続けた。
少女は、自らを殺そうとした相手に一瞥もくれず、そのまま俺の視界から消えていった。


俺はこの街の神殿へと送られた。未遂とはいえ、殺意は明らかで目撃者も多かった。そして、俺が罪を自ら認めた。
これから待っている処遇は、俺が神官だった頃、悪人共を裁いたものと全く同じだろう。書く必要はない。
日記も今日までだ。



DAY 97


俺の人生は何だったのだろう。
もうすぐ、俺は故郷へ帰る事になる。死罪人として。


奴らに与えられ続けた屈辱は、言葉では表せない。


俺はやり場のない憤怒と少女への想いを、人生を賭けて極めた技に込めて、奴らにぶつけた。
一人ずつ、首を極めながら全体重を掛け、頭から石の床へ叩き付ける。
かつての一番弟子、バーランの命を奪った、忌まわしい禁じ手だ。
四人投げた後、止めに入った神官達にも、次々と同じ技をかけた。何人投げたか、覚えていない。
囚人・神官殺し・・・その罪は、俺を己の育った大神殿の独房へ移すに充分だった。
唯一、罪人を「殺す」事が許されるのは、首都メシュキー=デラーズ大神殿のみ。


全てが、終わった。



DAY 1025


<ガルブ王の治世2年 12月20日
天職を、見つけたと思った。
何十人殺しても構わないどころか、褒められるだなんて、最高だと思った。
神殿に殺巫女という役目があるなんて、知らなかった。
だけど暴力にも、もう飽きてきた。
どんなに楽しい遊びも、続けていれば飽きてしまう。
だから、あなたが最後の相手。
あなたがここへ来るのを、ずっと待っていた。
逞しいあなたに、お父さんの面影を重ねていた。
ありがとう。恩返しをさせて。私の心のお父さん。
血の赤って、意外とペンにのりにくい。
左手の指で直接書くことにする。
どう?お鼻、気持ちいい?
あなたの大好きな「美しい弾丸」、おいしい?
この口枷、あなたの為に手作りしたのよ。
折れた鼻だけでおいしい血の空気を吸いながら最期を迎えるなんて、素敵でしょ?
何か、書き遺す?
生まれてなんか来なければ良か
つまらない。
あ、死んじゃった?
良かった。
ホッとしたらおしっこしたくなっちゃった。
その間に、考えておいて。
お皿から溢れるぐらい出たね。
じゃあ、書いて。
面白ければ藁の枕で一発、つまんなかったら鉄の枕で五発、さっきと同じよ。
俺は今、懐かしい大神殿の地下にいて、与えられない死を待っている。
この日記は誰が読むのだろう。
もし、未来ある神官が読んでくれるのならば、俺のようには、決して
つまらないわ。
あなたと、最期まで一緒にいてあげるから。
書いてみる?
誰か殺してくれ
目の前にいるのが、あなたの愛した処刑人よ。