スレ企画[お題で妄想]その10

[お題で妄想] その10の1 「敗北で立場逆転」「メイド」「魔法使い」「マウントポジション
「ナースのボコボコ治療」「女子3人にパンチの雨を浴びる」「おしとやかな格闘技素人の文学系お嬢様」
「無邪気に遊んでる内に男を破壊してしまう少女」「ニヤァと笑って舌なめずり」


・・・視界の下半分を覆い尽くす純白の衝撃、上半分を支配する漆黒の眼差し・・・
・・・異音と共に砕けた鼻骨を突き抜け、魂の奥底までつぅんと沁み渡る激痛・・・


「ぐぶっふぅああっ!!!」
フライトアテンダントが駆け寄ってくる。前の座席に、頭をぶつけてしまったようだった。
夢・・・長く、深い夢を見ていたようだ。それは、恐ろしくも切なく・・・儚くもあった。
絶叫で起こしてしまった周囲の乗客に深く頭を下げ、窓のカバーを薄く開けると、眼下に故郷の大地が拡がった。
間違いない。ここは、確かに現実だ。


あの子には仕事の出張と言ってあるが、本当は違った。
仏暦2560年夏、俺が家を留守にしたのは、この指輪を手に入れるためだった。
俺はこれを手渡し、愛するあの子を「解雇」する・・・主従の関係は、もう終わりだ。


「あっ・・・!」
庭を掃くほうきを放り出し、絵に描いたような美少女が体当たりするように飛び付いて来る。


「お帰りなさいませ、私のご主人様!」
眩しく煌めく小麦色の肌と調和した、白と濃紺を基調とした清楚なメイド服。
南国らしく大胆にはだけたその胸元が俺の身体に密着し、普段は控えめに見える肉質を妖艶に圧し上げる。
輝く汗の雫がその谷間に滴り、立ち昇るライムのように爽やかな美少女の香りが俺の鼻腔を鮮烈に刺激する。


メイドはこの子、「ルアン」一人だけだ。素直な働き者で、留守番も任せられる程に信頼している。
しかし、ルアン・・・こんなに幼かっただろうか・・・?どう見ても、15歳ぐらいにしか見えない。
メイドとして雇っているのだから、当然大人のはずだ。俺は何を考えているんだ・・・時差ボケか?


「ご主人様、どうしたんですか?」
俺を心配そうに見上げる、子猫を思わせる金色の瞳。その視線が、世界さえ歪むような不安を浄化していく。
前髪は一文字に切り揃えられ、丁度肩にかかる程度のセミロングの黒髪を、可愛いホワイトブリムがまとめている。
・・・本当に俺には勿体無い程の、清らかな美しさだ。
「ルアン」というのはその瞳の色から付けられた愛称で、本名は10回聞かされても覚えられない程に長い。
あの届出書の名前欄に、書ききれるかな・・・


先々月のルアンの誕生日、新しいドレスを特注してやろうと本人に絵を描かせたが、いくら一年中暑いこの地とは言え
その余りに攻撃的なデザインに俺は戦慄すら覚えた。剥き出しの鎖骨に、太腿に正気を保っていられない。
そうした希望を俺の理性の限度内で取り入れつつも、抑制の効いた上品なメイド服が小麦色のきめ細かい肌を引き立てる。


届いたばかりのその衣装のまま、都心で開かれたコスプレイベントに出た時など
「マッハブルー」が次元を越えて降臨したと、カメラ小僧がドミノ倒しの如く卒倒してニュースになったぐらいだ。
蹴、拳、膝、肘のスピリットを宿した四人のメイド少女が仏像を狙う悪を倒す格闘アニメ「撲殺ご奉仕マッハバトラー」
マッハブルーは可憐な容姿とは裏腹に、泣いて命乞いする怪人を殴り続け失神KOに追い込む冷酷さに熱烈なファンが多い。
そんな美少女が、俺の家で本当にメイドをやっているとは誰も思うまい・・・


「わっわわ・・・ふぎゃ!すっ、すいませんご主人様・・・」
悪気のないミスなのは、わかっている・・・
「許して下さい、何でもしますから・・・!」
そのドジっ娘ぶりも、可憐な容姿と相まって何とも愛おしい。
だがここで甘やかしては、この子はいいお嫁さんには、なれない・・・「俺の」嫁に。


「何でもするって言ったな?じゃあ、俺とリングの上で闘ってもらおうか!」
心を鬼にして絞り出したその言葉に、俺は自ら驚愕した。
何故だろう・・・心の中にその願望が少しでもなければ、こんな言葉が出てくるはずもない。
あのステージでの鮮烈なグローブ姿が、俺の脳裡に焼き付いていたのだろうか・・・


「やめましょう・・・私、手加減できませんから・・・ご主人様を、壊したくないんです」
その瞬間、俺の中で激情が弾けた。勢い良く転んだ拍子に焼きそばを頭からぶちまけられた事に怒ったのではない。
「手加減」「壊す」という強者だけに許される言葉に、男の闘争心が刺激されてしまったのだ。


「ふざけるな!!俺はお前の主人として命令しているんだ!」
威嚇のつもりで、その整った顔に右拳を突き付ける。
瞬きも後退りもせず、睨み付ける訳でもなく無表情に見上げる「ルアン」の眼光に、俺は逆に恐怖を覚えていた。



[お題で妄想] その10の2


特注して庭に造らせた白いリングの上、照り返す陽射しが少女のグローブ姿を一層凛々しく彩っている。
清楚なメイド服とのギャップに心を奪われたその一瞬、肉薄した少女の左フックが俺の前髪をかすめた。


ダッキングではない。腰が、抜けたのだ。拳圧に左へ逃げるも、しなやかな脚は俺を射角内に捉えて離さない。
膝が伸びる程に鋭い右アッパーが顎を撥ね上げ、視認も叶わぬ左ジャブが無数の青い閃光と化して鼻面を打ち鳴らした。
俺は込み上げる激痛から逃げるように炎天下のリングに這い、鉄板焼きの如く転げ回った。


「カウントは取りません。勝敗を決めるのはご主人様の意志です。ごゆっくり」
コーナーに戻ろうとすらしない少女。その口調に、焼けた背筋が凍り付く。
無様に尻で這って逃げても、逆光に見下ろす金色の眼は冷酷に俺を追尾し、サディスティックに魅了する。
立てば、即座に12ozの餌食・・・だが、立たない訳にはいかなかった。男として・・・


黄金の眼と対をなす青いグローブは、不可視の熱風と化して屈辱の檻に吹き荒れた。
顔面を庇う両腕に左右のフックが弾け、高らかに響く破裂音が身体ごと心の平静を揺さぶる。
両頬へ集中した意識に割り込むかの如く、ワンツーが鼻先を小気味良く弾き潰す。溢れ出す鮮血に震える肘を固めると
フックで頬を痛烈に抉られ、反射的に両手で頬を押さえればウィービングから逆の頬を痛打される。
ロープに焼けた背中の熱さも忘れる程の、一方的な滅多打ち。腫れ上がった両頬を押さえると、悔し涙が溢れ・・・


固くつむった眼を開くと、鼻先に右の12ozが寸止めされていた。その奥から俺を優しく見つめる、黄金の瞳・・・
「もう、やめましょう・・・ご主人様」
俺は、脱力してキャンバスに跪いた。芽生えてしまった可憐な少女への「怯え」に、膝がガクガクと笑っていた。
もしかしたら俺は、殴り合いという少女に決して劣るはずのない分野で完敗する事で
長く続いた主従の関係が、次のステージへ進む事を期待していたのだろうか・・・


少女を見上げながら下した、「ご主人様」としての最後の命令。少女はそれに、忠実に従った。
それは、少女が俺の主人となる事・・・
背を向ける少女。揺れるセミロングから垣間見えるうなじの美しさに、俺の自尊心は更に切り刻まれ、嗚咽が響いた。


見上げる太陽に、血飛沫が舞う。俺は少女の命を受け、毎日の如く焼けたリングに立っていた。
閃光の如き左ジャブの連打を浴び、瞬く間にコーナーへ追い詰められてしまう。
右アッパーカットが迫る。ボディ狙いと見た両腕を嘲笑うかの如く、軌道を変えた12ozが顎を垂直に撃ち抜いた。
苦し紛れに左アッパーを返すも、振り下ろした少女の右肘に止められ痛みが走る。
その勢いでふわりと黒髪を舞わせダッキングした少女、左のアッパーがフック気味に迫る。
全体重をかけた右肘で返そうとするが、内側へ軌道を変えた左拳がカウンターとなって顎を撃ち潰した。


完全に、脳をやられた。クリンチに逃げようとするも腕に力が入らず
その柔らかな胸へ顔をうずめ、白いオーバーニーソックスへしがみつき、ついには足許へ崩れ落ちる。
ズタズタの口内から溢れ出した鮮血が、エプロンドレスの胸元から紅いラインとなって塗り付けられた。


「ルアンは『ご主人様』の主人として命じます。立ちなさい」
打ち鳴らされる拳。衝撃に降り注ぐ甘酸っぱい汗のスコール。疲労と屈辱と興奮に、脳がとろけてしまいそうだ。
迫る黄金の瞳が残酷な愉悦に歪むと、唇が奪われていた。両腕を絡め起こされる事すら気が付かぬ、それは官能だった。


顔面が、脳が縦横無尽に弾け飛ぶ。相手がリングに沈むまで決して拳を休めない残虐性・・・それだけでは、なかった。
尻餅をつき、陽炎の如くぼやける視界と意識の中、少女に初めて命じられた炎天下での草むしりの苛酷さを思い出す。
途切れぬ連打を支えるスタミナこそが、少女の真の強さ・・・曖昧な思考を割って、無残に裂けた唇に熱が吸い付いてくる。


ワンツー、左右のフック・・・もはや、腕を持ち上げる気力も失せ、あらゆるパンチが顔面へ炸裂し破裂音を響かせた。
人生最高の高揚感の中で少女の躍動は更に加速し、俺はリングへ叩き付けられては起こされ、また倒された。


対角線のコーナーへ戻る少女。左の12ozが俺を招き、右の12ozが握り締められる。
俺は最期の力を振り絞り自力で起き上がると、夢遊病者の如くリングを彷徨い、愛する少女とその拳を求めた。
容赦無く鼻を直撃する右ストレート。鼻骨を通じて頭蓋が震撼し、脳へ直接響く爆裂音と共に、両の踵が浮くのがわかった。
鮮血の虹を描き、対角線を吹き飛ぶ熱風の中、俺の意識は眩しい太陽に焼き尽くされていった。



[お題で妄想] その10の3


「あぶっぐぉああっ!!!あだっ・・・!」
俺はいったい何回、こんな夢を見れば気が済むのだろうか・・・
震える手で顔をさすってみると、鼻ではなく左膝にズキリと痺れが走った。
まいったな、ベッドから転げ落ちた拍子に踏んでしまったらしい。
誰だよ、こんな所に床をコロコロする奴を置いたクソ野郎は・・・俺に決まってるよな。


足を引きずりながら、スポーツ新聞を取りに行く。西暦2019年・・・
テレビを付けると、見飽きた通販番組・・・布団圧縮袋、高枝切りバサミ・・・間違いない。今度こそ現実だ。


マンションから整形外科のある総合病院までは、真っすぐ20分程歩く必要がある。
既に20分以上時間を掛け、丁度真ん中にある教会の前に差し掛かった時、俺は眼を奪われた。
花壇に掛かった小さな虹にではなく、如雨露を片手に花を慈しむシスターの姿に。


初夏のそよ風に純白と濃紺の頭巾が、背中の中程まで伸びた黒髪と共にサラサラと波打ち、清冽な花の香りを運んでくる。
思わず足を止めて見とれていると、少女と眼が合った。投げ掛けられる、慈愛に満ちた微笑み。
俺は神秘的な赤紫の瞳に吸い込まれ・・・いや違う、美少女が小走りに向かってくるのだ。


「大丈夫ですか?膝を・・・」
「あ、ああ・・・大したことは・・・そこの病院に行こうと思って・・・」
慎み深く儚い、天使を思わせるその美声に、心拍数が一気に跳ね上がる。


結局、病院まで肩を借りる事になってしまった。
少女は、「ソルフェリーノ」と名乗った。髪の匂いにほのかな汗の香りが混じった芳香、修道服越しにとろける肉感・・・
人生最高の10分間。俺はそのきっかけを作った自らの怪我に、それを齎してくれた悪夢にさえ、感謝した。


総合病院の入り口、俺は感謝の余り言葉に詰まり、涙ぐんで深く頭を下げた。
「どうかお気になさらず。私も病院に用事がありましたので・・・では、お大事に」
少女の後ろ姿を見送る。両拳にきつく巻かれた包帯に、今になって気が付いた。
自分の怪我を押してまで、見ず知らずのこんな俺に尽くしてくれるなんて・・・本当の天使って、いるんだな・・・


「じゃあ湿布出しておきますので、激しい運動は控えて下さい」
30分待たされた診察は、30秒で終わった。腑に落ちない顔をしていると
一応リハビリもしておきますか、と医者が切り出した。じゃあしておくか、一応な・・・


リハビリルームへ入ると、俺は我が眼を疑った。
「シスター・ソルフェリーノ・・・!なぜ、きみが・・・」
俺は困惑した。病院そのものが修道院をその原点とする、という話は聞いたことがあるが・・・
他の患者も、高々17歳程度にしか見えぬ少女を気にも留めない。まさか、また夢・・・俺の中で、現実感が揺らいでいく。


修道服の少女は、その大きな赤紫の瞳に愁いを浮かべ、口をつぐんだまま一番奥の扉へと俺を導いた。
「私は後から参りますので・・・」
倉庫と思われたそのドアの中には、地下へと続くエレベーターが隠されていた。


逃げ場の無い地下の密室で相対し改めて、その不安を抱かせる程に高貴な赤紫の瞳に、俺は心を奪われた。
本当に、その理知的な顔立ちから下、一分の隙も無い露出度0%の神聖美だ。隠されているからこそ、想像力が働いた。
胸元で斜めに傾いたロザリオが、柔らかな神秘の決して大きすぎない均整美を想起させ
すねまでの修道服から覗く、白い紐で堅く縛られた黒革のブーツは・・・


そう、ボクシングだ・・・少女は拳で顔面のツボを刺激する事により、全身の治療をするのだという。
健康や安心を象徴する色のはずの緑が、闘争や不安を想起させるボクシンググローブを彩る。
12ozの塊が、立ち尽くす俺の視界へゆっくりと迫り、眼窩と鼻梁を冷たく暗く圧迫する。
ぐぎゅう・・・
「左ジャブ」の予行練習だ。これから俺は、顔面を、殴られる・・・


「震えていますね・・・私のパンチが怖いのならば、やめてもいいのですよ・・・」
頭巾から露出した前髪は眉が丁度隠れる程に切り揃えられ、艶のある上品さを醸し出している。
こんな美少女に拳を向けられているという事実が、凄まじい被虐感を更に亢進させ、いつしか俺は頷いていた。


その鋭い痛みは、俺の想像を遥かに超えていた。鼻血が出ないギリギリの「深さ」を狙い撃つ、妙技だった。
鼻骨に弾けた真新しいグローブの革の匂い、少女のほのかな香り・・・そして、脳を焦がす激痛の陶酔・・・
「変態」という魂を持つ人々が住む世界とこの密室は、つながっている。
一瞬でも気を抜けば、この被虐的な興奮の虜になってしまいそうだ。


家に帰っても、破裂音の残響、グローブの感触・・・全てが頭から離れない。
薬局に行くのを忘れた事にすら、気が付いていなかった。



[お題で妄想] その10の4


地下リハビリ室。俺は再び、試合用の白いコーナーマットに後頭部を固定されていた。
メニューは、鼻へのワンツー8発を1セットとして、それを4セット・・・"32"という数字に、俺は戦慄した。


左右の12ozが打ち鳴らされる。1発、2発、3発・・・二人きりの密室に、残酷な衝撃音が木霊した。
「『あなた様も』怖いのでしょうね・・・引き返すのならば、今のうちです」
小さな木槌が渡される。俺は自らを新たな世界へと導くゴングを、震える手で打ち鳴らした。


カーン・・・!
金属音の残響が鼓膜を犯したその直後、天使は悪魔へと変貌していた。
滴る涎を舐めとるように舌なめずりし・・・「にやぁ」と笑みを浮かべる美少女。
花壇での微笑みとの凄まじい落差が、光と闇のせめぎ合う美が、交互に鼻先を直撃する緑のグローブに浮かんでは消えた。
シスター・ソルフェリーノの赤紫の瞳は、狂気と嗜虐心に爛々と輝いていた。


最初の8撃は、眼で追う事も叶わなかった。最後の右が引き戻されると鼻先が燃えるように熱くなり、激痛に息が詰まった。
極度の緊張が脳を麻痺させたのだろうか、次の8撃、重ねられる衝撃に己の鼻中隔がぷるぷると震えているのがわかった。
更なる8撃、もしこれが治療ではなくリングの上ならば・・・その妄想と破裂音の奏でるリズムが鼓動を極限に高めていく。
俺は32発の滅多打ちを締めくくる右ストレートを鼻へ浅く埋め込んだまま、涙を流して背徳の被虐感に喘ぎ、貪っていた。


一撃も鼻先を外さぬ着弾点の正確さだけでなく、一滴の鼻血も零さぬよう撃ち込む深さの精度も凄まじかった。
美しき悪魔の冷笑は緑の12ozの奥で天使の微笑みに戻り、鼻を圧し潰していたグローブが外された。
「ぶはぁっ・・・!」
急激に緊張が解けた弾みで、思わずその胸へ顔をうずめてしまう。慌てて身体を戻そうとすると
少女のしなやかな両腕が、首へ回された。少女の心臓も、張り裂けんばかりに早鐘を打っていた。


再び、診察室。もはや、どこが痛かったのかさえ、忘れてしまっていた。ただ、鼻が熱く疼いていた。
「もう大丈夫ですね」
リハビリは・・・と聞くと、必要ないと医者は切り捨て、湿布の処方箋が出された。
湿布よりも、パンチが欲しかった。


美少女のグローブ姿は「一部の男性」に限り健康増進効果があると最近証明されたらしい。
俺は2回とも、湿布の処方箋を薬局に出し忘れていた。受けた「治療」は、鼻へ弾けたシスターのパンチのみ・・・
治療は、確かに効果を発揮したのだ。つまり俺は・・・「変態」という事だ。


治ったというのに、この喪失感は何だろうか・・・ふらりと立ち寄った帰り道の教会
嗚咽を零し懺悔している少女の姿に、俺は溢れ出す激情を抑え切れず駆け寄っていた。
「『あなた様も』これが、お望みなのですか・・・」
眉間にバンテージの左拳が突き付けられる。


「私は、人を壊す事しかできない、罪深い女・・・どうか、忘れて・・・」
俺は直感した。その血腥い過去を。込み上げる戦慄が、愛おしさへと変わっていく。
「シスター・ソルフェリーノ、あなたに罪はない・・・変態である事が罪だなんて、俺には絶対認められない。
それが罪だとしたら、俺という変態を作ったきみが罪になるからだ。俺は、きみが好きだ・・・!
だから、もう一度『あの笑み』を見せてくれ。そして、その拳で・・・」


逃げ場の無いビルの谷間の袋小路で、見せ付けるようにグローブを装着するというインモラルな行為に
少女の息遣いがはぁはぁと乱れ、赤紫の瞳が爛々と輝いている。恐らく俺も、同じようになっているのだろう。


鋭い呼気音と共に繰り出されるワンツー。怖いのは、少女も同じだ。壊される恐怖、壊してしまう恐怖・・・
必死の反射は、少女の右拳が鼻の頭の皮膚をかすめてからだった。
俺は少女の拳への後ろめたさを振り切るかのように、足を凍らせる恐怖と闘い・・・一歩、「前へ」踏み出した。
その瞬間、少女も「前へ」踏み出していた。顔と顔が急接近し、どちらからともなく、熱く深い口づけがなされた。
じっとりと汗に濡れた修道服を抱き締め、柔らかな身体の重みを受け止めるうちに、背中にコンクリートの感覚。


糸引く唾液を舌なめずりで絡め取る少女。最後の迷いは、断ち切られたのだ。
左拳で俺の後頭部を壁に密着させ、右拳を突き出す。ナックルが左耳をかすめ塀を打つのが、頭蓋の伝導でわかった。
深々とめり込んだグローブが鼻骨をすり潰し鮮血を爆裂四散させ頭蓋を撃ち砕く破滅の妄想が、俺の脳を焼き焦がす。
胸の前で十字を切る少女。その赤紫の眼が見開かれ、口許が「あの笑み」に歪む。
視界一杯に拡がった渾身の右ストレートは、湿った爆裂音と共に俺の意識を暗緑色の恍惚に塗り潰した。



[お題で妄想] その10の5


「どぅわあああっ!!!」
酔い潰れて眠っていたのだろうか。夢・・・だったようだ。
俺の絶叫で叩き起こされた賞金稼ぎ風の男が、血相を変えて2階から降りてくる。
大魔法暦2015年・・・思い出した。この前、冒険の記録をつけた宿屋・・・間違いない。ここは現実で、俺は勇者だ。


店番に宿代を、殴り掛かってきた男に足蹴りと治療代をくれてやり、町を後にする。
あいつも暗黒龍が目当てか・・・だが「水の指輪」が無ければ、炎のブレスで黒焦げにされておしまいだ。
アバラが何本か折れただろうが、それで命が助かるんだから安いもんだろう・・・


暗い空を見上げる。浮遊島が鉛色の雲を掻き分け、俺の真上に差し掛かろうとしている。
千年の時を生き、地上の全てを知り尽くすという大魔導師「知の番人」が、あの天空の魔法都市に住んでいるらしい。
求める指輪の手掛かりも・・・そう思った、その直後だった。


青緑の閃光が迸るや否や、渦巻く暴風の嵐に巻き上げられた所までは覚えている。
ここがどこなのか、何もかも全くわからない。だが、浮遊する椅子に腰掛ける少女の美しさだけは、俺を確かに圧倒した。


大気中のマナを吸収するという超古代魔導着「スク=ミズ」・・・しかも世界に唯一とされる純白、伝説の「白スク」だ。
白スクの薄い生地はきめ細かい少女の肌に密着し、ふくらみかけの危うい曲線美を直視出来ぬ程に魅せ付けた。
濃紺のマントは風も無いのに柔らかに波打ち、魔導着と素肌、浮かび上がる二つの純白が俺の視線を釘付けにする。
上品に眉のラインでぱっつんと切り揃えられた前髪が、高々13歳前後にしか見えぬその無垢なる清らかさを更に強調し
清楚なミスリル銀のサークレットがヘアバンドの如く頭頂を飾り、その両端からエルフ特有の長い耳が鋭く伸びている。


長い脚を艶かしく組み替え、分厚い魔導書を片手に眼鏡を直す美少女・・・俺に気が付かぬ程、本に集中しているのだろう。
恐ろしい程の美貌とは裏腹に、繊細な指先にはおしとやかな気品が漂い、日々魔法の研究に余念がない事が伝わってくる。


「あっ、ご挨拶が遅れ申し訳ありません・・・私は知の番人『シアン』。ようこそ、導かれし勇者様・・・」
魔導書が閉じられ、アクアマリンのような緑がかった青の瞳が、優しく微笑みかける。少女に夢中で気が付かなかったが
俺を5人縦に並べても足りぬ書棚が壁一面に並び聳えている。「知の番人」が、こんな年端も行かぬ美少女だったとは・・・


少女を「お嬢様」と慕う使用人達のもてなしを受け語らう中、俺は少女の年齢に仰天した。
1013歳・・・丁度1000歳は若く見える。改めて俺は、伝説の大魔導師の魔法力を思い知った。


「この魔法都市には最近になって、攻撃魔法の効かない魔物が出没するようになりました。
天空から勇者様のご武勇は拝見しておりました・・・私に『ボクシング』を教えて頂きたいのです」
紡ぎ出されたその単語と、言葉の主の幼く華奢な肢体とのギャップに、俺は紅茶を零しむせ返った。
確かに少女の細腕には、重い武器術よりも格闘技が向くだろう・・・
疾さが命のボクシングは、エルフの敏捷性を最も活かせる戦闘法の一つだ。しかし・・・


「勿論、ただでとは言いません・・・付いて来て下さい」
その膝下まであろうかという流麗な黒髪は、風も無いのにサラサラと揺れ、漆黒のオーロラの如き艶を放っている。
書斎の奥には、俺の求める「水の指輪」が安置されていた。
「わかりました・・・俺などで良ければ、お相手しましょう」
この慎み深い、いかにも文学系のお嬢様と拳を交えるのかと思うと、不思議な興奮が抑えられなかった。


本当に、透き通るように白い指だと、バンテージを巻きながら思う。
それにしても何故、勇者とはいえ見ず知らずの男と二人きりで、この少女には一人の護衛も付かないのだろう・・・
くそっ、俺は何を考えている・・・また、夢だとでも言うのか・・・


ジャブ、ストレート、アッパーカット・・・流石は全てを見通す「知の番人」だけあって
どのフォームも教則本通りの美しさだ。しかし所詮は素人のお嬢様、パンチ力が全く付いて来ていない。


だが、リングを広く使う優雅な敏捷性、鼻腔に吸い込まれる清冽な疾風は、初日から俺を魅了するに充分だった。
少女にボクシングを教えるという事は、最終的に俺自身をノックアウトさせる事が目的・・・
この少女の操る真紅のグローブが俺の顔面を叩きのめしリングに這わせる事で、クエストは達成されるのだ。
眼鏡の奥から俺を見つめる、大きな青緑の瞳。甘い吐息を弾ませ軽やかに舞う脚捌きに、尖った耳が揺れている。
見とれた隙に視界を覆う真っ赤な12oz。その心地良い弾力を、俺は得体の知れぬ幸せな背徳感と共に堪能していた。



[お題で妄想] その10の6


おしとやかな、格闘技素人の、文学系お嬢様・・・そう思っていた。昨日までは。
レッスンを中断し駆け込んだ自室、鼻を押さえ震える両手の隙間から、枝分かれした鮮血が肘を伝って垂れ落ちる。
幻惑のステップが俺に一瞬の隙を作り・・・少女はそれを見逃さなかった。


「勇者様!大丈夫ですか・・・?入りますよ・・・」
(見ないでくれ!!)
声を絞り出そうとして、初めて俺は、自分が「泣いている」事に気付いてしまった。
顔面に迫り弾ける紅い右ストレートの幻影に涙が溢れ出し、美少女に「泣かされてしまった」事実に嗚咽が止まらない。
「・・・明日のレッスンは、お休みにしましょうね」
ドアを薄く開けた少女はそう言い残し、去って行った。


少女の習熟速度は、想定を遥かに超えていた。その実力が瞬く間に俺と拮抗し、追い抜いていく。


高らかな破裂音を響かせる左ジャブの鋭さに受ける右手が腫れ上がり、見かねた少女にミットを手渡された。
神秘の膨らみを微かに揺らしつつ、濃紺のマントと長髪を舞わせ周囲を旋回する疾風のフットワークに
俺は為す術なく翻弄され続け、腕で受け切れぬ真っ赤な12ozは頬や顎へ「寸止め」された。
儚く可憐な少女に「気を遣われてしまう」その毎日が、俺を徐々に壊し始める。
複雑な激情が綯交ぜとなった涙に枕を濡らしつつ、俺は少女を想い続けた。


そしてついに、その時はやって来た。


「参りましたか」
4発目・・・苦し紛れの抵抗は、かすりもしない。その身の軽さはエルフの域を超え、まさに風そのものだ。
手数こそ少ないものの、的確に隙を突く美少女のパンチは全てが顔面へ寸止めされ、その度に屈辱の言霊が精神を蝕み壊す。


「参りましたか」
12発目、真紅の左拳が顎を持ち上げる。臨界点を越えた被虐感に・・・俺はとうとう、リングの上で声を殺し泣き始めた。
この地獄から抜け出すにはガードを開き、鼻を狙うだろう次の「寸止め」に自ら強く踏み込むしか、なかった。


「直撃」によりこの惨劇に終止符を打とうとしたのは、少女も同じだった。俺の無残な姿を憐れむその優しさが
13発目、カウンターの右ストレートと化して俺の鼻梁を撃ち抜き、弾む程に激しく後頭部をキャンバスへ叩き付けた。
脳震盪を起こしたのか四肢が痙攣し、止め処なく溢れ出す鼻血を拭う事すら叶わぬ惨めさに、俺は失禁していた。
返り血の飛沫を浴びた眼鏡の奥から、青緑の瞳が俺を見下ろす。最後は、美少女自身により10カウントが数えられた。


「勇者様、泣かないで・・・この世界を救えるのは、勇者様だけなのですから」
指輪を土産に地上へ送り返されてから半年・・・もう勇者としての使命など、どうでもよくなっていた。
俺は今、闘技場のリング上で王者として挑戦者を待っている。少女に奪われた、強者としてのプライドを取り戻す為に。


その時、対角線上に突如巻き起こった暴風がリングを激震させた。
咄嗟に両腕で頭上を庇った俺の顎を、真紅の右拳が痛烈に撥ね上げる。
見上げる先には、あの魔法都市・・・崩れる俺を抱き止める主は、美しき知の番人「シアン」・・・!


リング中央、サイドステップを交えた無数の左ジャブが暴風雨と化して俺を襲った。
向き直る事が精一杯だった。破裂音の嵐に腫れ上がった右瞼は完全に塞がり、少女が右の暗黒へ消えたかと思えば
右ストレートが左頬を射抜き鮮血混じりの唾を飛び散らせる。右へ消えた少女がなぜ左から・・・
困惑する暇も与えず、左フックで首を180度弾き飛ばされた直後、身体の真左から右の12ozが鼻を潰し頚椎を軋ませる。


「ふふっ、痛そう・・・勇者様に私の千年の退屈、わかりますか?」
鼻血で呼吸が苦しい。上昇気流にその黒髪を逆立たせた美少女の威容が、酒に酔ったように波打っている。
これも魔法か・・・突進すると、蜃気楼の如く風に消える少女。振り向く顎を、真紅の拳が冷酷に射抜く。
追撃はせず、少女はその端正な顔を再び突き出し眼鏡を直す。


エルフの敏捷性に疾風の魔法を組み合わせた、華麗なる拳舞・・・
腕力こそ華奢な肢体相応だが、死角から襲う12ozは振り返る顔面を的確なカウンターで弾き返し続け
十数発の鋭い打撃と無慈悲な挑発は確実に俺の脳を蝕み、絶望感に視界が更に歪み溶けていく。


背後に回られるなら、その背後を無くせば・・・
コーナーへ倒れ込む足がもつれ、異様に重い腕は俺の言う事を聞こうとしなかった。
視界一杯に膨張した真っ赤な右のグローブが鼻骨にみしりと食い込み
後頭部を鉄柱の頂点へ痛打した反動で、俺は潰れた顔面からリングへ墜落した。


「また付き合って下さいね・・・私の暇潰しに」
青緑の竜巻を身に纏い、眼鏡を外した少女は天空へ帰っていく。俺は甘苦い敗北感の中、静かに意識を閉じた。



[お題で妄想] その10の7


故郷へ向かう機内、男は自らの絶叫で眼を覚ました。
飛び起きた拍子に頭突きで壊してしまったのか、機内テレビが映らない。客室乗務員を呼ぼうとしたが、様子がおかしい。
何故か、男以外の人間が一人も居ないのだ。無人の銀翼は、定刻通りに空港へ到着した。
タラップを下りる先には、純白の正方形・・・灼熱の太陽に焼かれたリングが待っていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様・・・いえ、私の『お兄様』」
鼻先に左の8ozを突き付け、黄金の瞳から残酷な視線を突き刺してくる、上品にして妖艶なメイド服の美少女。
男は戦慄した。この夢を「誰か」が作り出しているのだとしたら・・・その夢魔は、恐ろしい相手だ。
悪夢とわかっていながら、逃げる事すら許されないのだから・・・


玉の汗を振り飛ばし、妖精の舞踏が始まった。ヘッドドレスを靡かせ、眼の前でシャドウを魅せ付ける小麦色の美少女。
風を裂く8ozの描く軌跡は無数の青いホーミングレーザーと化し、流麗な軌道に交差しながら頬を斬り刻む。
飛沫く鮮血の恐怖と激痛に顔面を覆うと、鮮やかな"X"の軌跡を描く左右のスマッシュが両肘先を痛烈に弾き飛ばした。
がら空きの顔面を容赦無く右ストレートが撃ち抜き、鼻軟骨の拉げる異音と共に男を灼熱のロープへと誘う。


止め処なく鮮血が溢れる鼻を押さえようにも、肘が麻痺し、腕が動かない。余りの恐怖に気を失いかけた男の目と鼻の先で
打ち鳴らされる、薄く硬い青の8oz。その衝撃波が男の意識を蘇らせ、金色の眼が、サディスティックに歪んだ。
「ふふっ・・・『遊び』はこれからですよね、お兄様」


左ジャブ瞼右ストレート鼻左フック顎左フック頬右ストレート頬左アッパー顎左ジャブ鼻鼻鼻鼻鼻右ストレート鼻・・・
弾けた打撃の痛みすら追い抜いて次の一撃が脳を揺さぶる、狂気の連打速度。13撃目の左アッパーについに膝が砕けるも
更に8発のワンツーが崩れ行く血塗れの鼻を正確に捉え、渾身の左フックが陽射しに焼けたリングへ男を叩き伏せると
許容量を超えて蓄積していた激痛が熱をスイッチに爆裂し、失禁痙攣と共に断末魔の大絶叫を木霊させた。


滑走路上のリングに、魔性の臭気を放つ煙が立ち込める。
その正体は、男の夥しい鮮血や体液と少女の飛び散る汗が混じり合い、高温のリングで蒸発したものだった。
のたうち回って砕けた鼻で嗅ぐおぞましくもどこか懐かしい香りに屈辱が暴発し、吐瀉物の饐えた臭いが混じり始めた。


少女はコーナーに下がる事もなく、その黄金の瞳で男の狂態を逆光に見下ろした。
獲物をいたぶってから殺す猫を想起させるその微笑みは、無邪気に「遊び」を楽しむ冷たい狂気に歪んでいた。


起き上がっては、清楚なセミロングの黒髪を振り乱す左右フックの乱打に耐え切れず焼けたリングへ這いつくばる男。
降り注ぐ挑発の破裂音に燃え盛る激情が、感覚の戻った腕を小麦色の脚へ、エプロンドレスへ懸命に縋り付かせる度に
その肢体の余りの儚さ、むせ返る美少女の香りが男の屈辱の針を振り切り、血染めの陶酔へ誘っていく。
複雑な感情の入り混じった己の薄ら笑みに、男自身も気が付き始めていた。


9度目のダウン。男の両腕は再び麻痺し、痙攣を起こし始めた。蓄積された脳への衝撃が、許容量を超えてしまったのだ。
少女は男を優しく抱き起こし、耳元でそっと囁いた。
「お兄様、大好きです・・・もっと、遊んで・・・」


フックの標的が男の鼻へと切り替わり、アッパー、ストレートも加わり更に亢進した猛威で殺到した。
噴き上がった高圧の鼻血は血の雨と化して天から降り注ぎ、リングで蒸発した血の煙は輻射熱に天へ昇って行く。
男は地獄色の死合せの渦に巻き込まれ、正気と狂気の狭間で魂を焦がす激痛の恍惚に身を委ねつつ、鮮血を噴霧し続けた。
整っていた鼻梁は血肉と骨の赤黒い塊と化し、脳震盪と失血と熱波により憔悴しきった男の鼓動が弱まっていく。
背徳と至福の撲殺遊戯、その終焉の予感を二人は共有していた。


少女は倒れ込む男をその柔らかな胸に抱き止めると、左のグローブを外し、男の懐からプラチナの指輪を取り出した。
脚をスイッチする少女。鼻先に突き付けられた左ストレート、その薬指の光に、半ば潰れた男の眼から最期の涙が溢れた。


顔面の中心、潰れ切った鼻へ軽い口づけが齎され・・・誓いの左拳は、再び薄く硬い8ozに包まれた。
深く鋭く顔面を撃ち上げる右ジャブの連打。再び舞い散る鮮血の中、つま先立ちになった男は一本の棒の如く倒れ込む。
伸び上がる膝の爆発力を活かした左ストレートが男の顔面を仰角60度で撃ち返し、爆裂音と共に両足を浮き上がらせた。
男はロープに背中を預け宙吊りに揺れながら、意識が灼熱の中で蒸発していく奇妙な充実感に満たされていた。



[お題で妄想] その10の8


部屋番号"904"の主は、絶叫を残して二段ベッドの上段から転げ落ち、真下のちゃぶ台を豪快に叩き割った。
ハードコアな受け身だったと感嘆するが・・・腰を痛めてしまった。しばらく蹲っていると、ピンポンが鳴る。
真下の部屋"804"に住んでいるというその美少女は、清楚な修道服を身に纏い、マゼンタの瞳に天使の微笑みを浮かべた。
「お迎えに上がりました・・・『お兄様』」


家の隣の教会を過ぎると、その次はもう病院だ。徒歩1分の近さ・・・
アスファルトを走るストレッチャーに揺られながら、男は悪夢の連鎖がまだ終わっていない事を確信していた。
無人の総合病院。美少女と男だけの宇宙。エレベーターのボタンは [1] [B4] の二つしかない。
これは二人を導く、禁断の別世界への入り口・・・


男は地下深くリング上に安置されたベッドに横たえられ、跨る少女の儚い重みの下で、小刻みに震えていた。
人に安静の時を与える為のベッドが、闘争の舞台であるリングに・・・


「まず、『麻酔』をさせて下さい・・・ちょっとチクッとしますからね・・・」
少女の左拳が、グローブを外したボクサーの凶器が振りかぶられる。
鼻の前で腕を合わせた反射を嘲笑うかの如く、白い左拳はフックの軌跡を描いてこめかみを打つ。1発、2発、3発・・・
脳へ冷たく響く激痛は男に両手で右側頭部を庇わせ、がら空きの左側頭部を硬いバンテージの右拳が無慈悲にも撃ち抜いた。
混乱に腕を開いたその一瞬が男を破滅へと導く。男の右腕は、少女の左膝の下へ組み敷かれてしまっていた。


眩しい照明の下、男は眩む意識の中で思った。ベッドもリングも、行き着く先は永遠の「眠り」なのだと・・・
左腕のみで少女の荒れ狂う双拳を捌ける筈もなく、テンプルを通じて脳へ直接叩き込まれる硬く白い衝撃に
耳鳴りが止まず、虚ろに白目を剥く視覚は、残された左腕までもが少女の肢体に征服される瞬間すら認識出来なかった。


もはやそこからは、「暴力」という言葉を具現化したかのような、見るに堪えない滅多打ちが延々と続いた。
数十発の破砕音を経て、醜く変形した両側頭部は無残に青黒く内出血し、行き場を失った鮮血は両耳孔から垂れ落ちた。


「『麻酔』は、効いたようですね・・・それでは、『治療』に移ります」
混濁する意識に、死後硬直の如く両手両足を痙攣させ、小便を垂れ流す男。少女は「麻酔」の効果を確認すると
漆黒の靴底でベッドを蹴り飛ばした。勢い良くスライドしたベッドは、ロープに激突して止まった。
美少女は男の上半身を抱き起こし・・・まだ整っている鼻の頭を、その柔らかな胸の谷間へとかき抱いた。


「治療の前段階として、お兄様の鼻の骨を・・・へし折ります。嗅覚のある内に、私の匂いを覚えておいて・・・」
男は白と濃紺のシスター服に包まれ、本能のまま、柔らかな胸から薫り立つ甘やかな少女の香気を貪った。
少女は男の脚に跨ったまま8ozのボクシンググローブを装着し、見せ付けるかの如く口で紐を引っ張り封印した。


「麻酔」が無ければ、男はその激痛の連鎖に発狂を免れなかっただろう。少女の強さはパンチの「正確性」だった。
緑の革と赤い血肉が潰れ合う爆裂音と硬いセカンドロープに後頭部を強打する重低音が交互に響き渡り、吹き上がる鮮血が
豪雨と化して降り注いでもなお、少女の右ストレートは潰滅された鼻骨一点への精密射撃を研ぎ澄ましていく。
血に塗れた少女の唇が開かれ、清冽な歌声が紡ぎ出された。それは、男の魂を送り出す鎮魂歌だった。
荘厳にして哀切なる調べに、男はその顔面を打楽器、後頭部とロープを弦楽器として伴奏を付ける事で応えた。


重厚な阿鼻叫喚のハーモニーが終わり、鮮やかな緑色だった8ozは飽和状態にまで鮮血を吸い、紅い雫を滴らせていた。
「これが最期の『治療』です・・・」
ベッドごと男をコーナーへ立て掛ける少女。瞳を閉じ、胸の前で十字を切る。
それは少女と男にしか成せぬ、禁断の治療・・・決して覚める事のない、憧れの夢世界への扉を開く儀式だった。


擦過音と共にリングを蹴り、背中まで伸びた黒髪を舞わせ、膝、腰、肩、肘・・・あらゆる関節を捻り抜く美少女。
返り血を自ら振り飛ばし迫る弾丸・・・渾身の右ストレートは、コークスクリュー回転を伴って男の鼻梁へと着弾した。
「麻酔」は、完全に効いていた。男の精神は、自らの顔面が完膚無きまでにすり潰される神聖な被虐感と共に
柔らかに脳へ注ぎ込まれ沁み渡るマゼンタ色の愛情に打ち震えつつ、浮遊感に包まれていた。


――またどこかで、お会いしましょう・・・私の愛するお兄様・・・
8ozを顔面に深く埋め込み硬直した自分自身を見下ろしながら
天へ昇って行く意識の中で・・・男は、眼下の愛する少女へ手を振り返した。



[お題で妄想] その10の9


男は絶叫と共に、木のテーブルを蹴倒して目覚めた。人の気配が失せた宿屋に、酒瓶の割れる悲痛な音が轟く。
「お目覚めはいかがですか?愛しい勇者様・・・いえ、『お兄様』」
死の静寂を割って、両拳を後ろ手に隠したエルフの美少女、その慎み深い美声が響いた。


「・・・見せてくれ」
「ふふ・・・何をです?」
静謐なシアンの色彩に輝く瞳が、悪戯な狂気に煌めく。
突き付けられた艶めく右の8ozが男の視界を真紅に覆い尽くすと、浮遊感が襲った。
リングから這い出さんとした男の眼下には、鉛色の雲海・・・ここは決して逃れられぬ、悪夢の処刑場だった。


立ちすくむ男の鼻腔を、しっとりと清冽な芳香がくすぐる。少女の膝下まで伸びた黒髪を舞わせたのは、一陣の突風。
黒く柔らかなヴェールを割り裂いたワンツーが顎を的確に撃ち抜き、衝撃に前のめりに崩れる男の鼻面を
硬く鋭い左ジャブのトリプルが打ち上げた。フットワークを始める少女の唇が残忍に歪む。ダウンすらも、許されないのだ。


意のままに操られる烈風が、清楚な少女に悪魔の翼を齎した。残像と激痛しか知覚出来ぬ、疾さの暴力。
リング中央、男の周囲を不規則なリズムで舞い、黒髪と濃紺のマントを靡かせ破裂音のビートを刻む疾風の妖精。
人は風を掴めない。だが、風は不可視の刃と化して人を斬り刻む。
全方向から襲う左ジャブの嵐は、向き直る事すらも叶わぬ男の防御を嘲笑うかの如くすり抜け顔面を打ち鳴らし続ける。
鼻、顎、頬、瞼・・・百発を超える真紅の衝撃を受けた男の皮膚は無残な腫れにめくれ上がり、眼鏡から返り血が滴った。


間合いを取る少女。風は暴風と化し、壮絶な破壊力を生み出した。加速した右ストレートは男の鼻骨を砕くのみならず
眼窩すら陥没せしめ、迸る鮮血は180度の弧を描いたのち男の背後の白いコーナーを朱に染め上げた。
暴打の衝撃に背骨を軋ませ顔面を波打たせた男はたたらを踏み、仰け反ったままコーナーへ顔面から激突した。


純白の魔導着を返り血に染めた美少女は、3体に分身していた。それは、脳を蝕まれた男の幻覚ではなかった。
凄まじい魔法力の放出は、少女に質量を持った幻影を作り出させるに充分だったのだ。
細く儚い腕相応のパンチ力とは言え、既に顔を庇う腕の制御能力すら失った男を滅多打ちに蹂躙する6つの紅い8ozは
残り2体が隙を埋める事により全てが純粋な残酷性のままに振り抜かれ、潰れ切った男の顔面へ3倍の連打速度で殺到した。


血肉を飛び散らせ精神すら破壊する無慈悲なる拳打の嵐・・・後先を考えない渾身のフックが、ストレートが止まらない。
痙攣しダウンに逃れんとする男を阻むアッパーが、目測を誤ったのか鼻を叩き潰した事がきっかけだった。
やがて、少女達の冷酷なる好奇心は男の顔面の中心、その一点に集中し始めた。
「「「うふふっ・・・あははははっ・・・!」」」
3人の美少女が輪に並び、楽しげに駆け回り拳を振るう。妖精の輪舞が、噴き上がる鮮血の濃霧に閉ざされていく。
ステップインからの、鼻を撃ち上げる容赦無き右ストレート。圧倒的暴力の連続が男の宇宙を喰らい尽くした。


突如、連打が止まった。見る影もなく砕き尽くされた男は前のめりに崩れ・・・影の無い少女達に抱き止められた。
両腕を捕えられ導かれる先には、血塗れのグローブの奥からシアンの瞳を輝かせる美少女の姿があった。
耳を劈く爆裂音と共に男の下半身から煙が立ち上った。破滅的激痛に死を悟った男の本能、その最期の足掻きだった。
非情なる少女の拳、渾身の右ストレートがカウンターで男の脳を蝕み、生理現象の管理すら放棄させてしまったのだ。
それでも少女達は、男にダウンという名の安息を決して与えようとはしなかった。


後頭部左右と鼻面の三方向から、完全にリズムを同期させたワンツーの連打が男を襲う。鮮血に脳漿が混じり始めた。
120度間隔で的確に圧し潰される頭部。逃げ場の無い破壊は男の鼻骨に留まらず、頭蓋全体に波及し始めていた。


「私達を作り出したのはお兄様、貴方なのですよ・・・これがお兄様の望んだ、永遠の悪夢・・・!」
死にゆく視覚に歪む美少女の姿は、再び集束していた。血に塗れたミスリル銀の眼鏡を投げ捨てると
ついに暴走した魔法力は狂気の暴風と化して対角線上に迸った。吹き飛ばされた男を、少女の返り血が水平に襲う。


吹き荒ぶ狂風を背に受け、左腕で鉄柱に掴まり解放の時を待つ少女。硬い鉄柱に後頭部を擦り付け、その時を待つ男。
止めは、顔面への右ストレートだった。慟哭の如く猛り狂った暴風は少女を一撃の弾丸と化し、狂気の弾丸は男の顔面を
完膚無きまでに猛爆し、制御不能の爆撃は頭蓋を貫通し鉄柱をへし折り、そして、雲海へ沈んで行く男の意識を断ち切った。



[お題で妄想] その10の10


西暦2013年、夏。
無慈悲な陽射しに焼けた総合病院通りのアスファルトを、風の妖精を思わせる一人の美少女が駆け抜けて行く。
純白の体操服に濃紺のブルマ、腰まで伸びた艶のある黒髪が軽やかに靡き、飛び散る汗は宝石粒の如く煌めく。
道行く誰もが弱冠11歳2ヶ月の少女の瑞々しい美しさと、その漆黒の瞳に宿された鬼気迫る意志力に足を止める。


授業を早退した少女は着替える事も忘れ、息を切らせて愛する兄の部屋へ走り込んだ。
眉の高さで上品に切り揃えられた前髪が滴る汗で額に張り付き、密室に甘酸っぱい少女の香りが充満する。


「お兄様、お兄様っ・・・!私です、妹の『儚(はかな)』です・・・!」
反応がないどころか、虚空を掴む両手はいびつに強張り、脚を痙攣させ時折白目を剥く男。
朝より、更に酷くなっている・・・少女は戦慄した。かくも恐ろしい悪夢を男に与える、夢魔の存在に。


為す術無く男の苦悶を見守り続ける事、数時間・・・その発見は電撃の如く少女の脳裡を撃ち、直ちに行動に移された。
鍵は、男の微かなうわ言に含まれる二つの単語だった。一瞬の逡巡の後、男に馬乗りになった少女は
白く小さな左の「拳」を、男の「顔面」へ強く押し付けた。


・・・


少女は三階層に亘る悪夢、その余りにも支離滅裂で凄惨極まる有様に耐え切れず、拳を離すと床へ舞い降りた。
己に夢魔の如く人の夢を見る能力が眠っていた事よりも、夢の少女三人の容姿が少女に驚きを齎した。
瞳の色こそ違うが、どの少女も「少女」・・・2年後・4年後・6年後、成長した妹への兄の憧れが生み出した姿だった。


その平坦な胸に、兄の鼻軟骨の感触が残る左拳を当て、漆黒の眼を閉じる。
コスプレイベントなど、二次元文化の浸透ぶりに圧倒されたタイ旅行・・・
ただの風邪なのに毎日お見舞いに来てくれた、ミッション系の病院・・・
ヒロインに自分の名前を付けてくれたRPGを、毎日一緒に楽しんだ事・・・
今までの思い出が、鮮血に舞う夢の少女達に投影されていた事は間違いなかった。


昨夜、少女は兄の部屋で見慣れぬ物体を見つけた事を思い出した。純白の紐式グローブで、10ozと表記があった。
不思議な感触を確かめるように両拳を打ち鳴らすと、残虐な衝撃音に思わず二人して悲鳴を上げてしまった。
脱ごうとする左手首を取った兄の眼は、今思えば異様な程に血走っていた。


跪き左拳を鼻に当てる男。鼻の軟骨が左へ右へ移動する異様な感触に耐え切れず、左拳を戻した捻りで右拳を・・・
撃ち出した直後、咄嗟に男の鼻先で止めた。思えばあのパンチが「右ストレート」だった。
その一撃が、魂に燻っていた誰にも打ち明けられぬ背徳の渇望「女の子に顔面パンチされたい」その想いを爆発させ
男を憧れの非日常の世界へと閉じ込めてしまったのだ。


夢は隠された願望を映す鏡・・・
少女は幾層にも重なる悪夢の中の悪夢で、男を打ち据える少女達と五感を共有していた。
怯えた視線を向けられる優越感が、鼻の骨を殴り潰すおぞましい快感が忘れられない。
拳が疼いている。もっと私のパンチでお兄様の望みを叶えてあげたい・・・心からそう思った。


柔らかな右のグローブが眠る男の顔面の凹凸へ自ら潰れながら食い込み、更に拳と顔面を、心と心を密着させる。
その漆黒の瞳を閉じ、少女は男の精神世界へダイブした。


・・・


光の奔流。一面の純白の世界。
清楚なメイドの少女。慎み深いシスターの少女。そして、静謐な美を纏うエルフの少女・・・
眩い閃光を背に、三人の美少女の姿が重なっていく。
イエロー・マゼンタ・シアンの瞳が、青・緑・赤の光沢あるグローブが溶け合い
漆黒の瞳と、純白に輝くグローブを携えた黒髪の美少女が、男の眼前に降臨した。


「儚、お前が・・・」
「ええ、お兄様・・・」
全てを悟った、兄と妹。二人の間に、これ以上の言葉は要らなかった。


張り詰めた右の10ozが視界を覆い、男の宇宙は純白の光に閉ざされた。


・・・


跳ね起きた弾みで、眼の前のグローブに自ら顔面をめり込ませ呻く男。
少女の右腕に、拳が鼻骨と軋み合う心地良い圧迫感が駆け上ってくる。
男は、食事を持とうとグローブを外しかける少女を抱き締めて制した。込み上げる幸せに、滂沱の涙が溢れ出す。


床に片膝を突き、白い右の10ozへキスをする。
「ずっと、お前のパンチに飢えていた・・・さあ、来い!!!」
少女は唇を真一文字に結び、両拳を打ち鳴らす響きで兄の想いに応えた。


視界の下半分に迫る艶やかな純白の弾丸、鼻が潰れる異音と激痛・・・全てが、愛おしかった。
――どうかこの幸せが、「夢」ではありませんように・・・
そう心から願い・・・男の意識は視界の上半分、漆黒に輝く瞳へと吸い込まれていった。