スレ企画[お題で妄想]その9

[お題で妄想] その9の1 「バニーガール姿のラウンドガールが王者防衛戦に乱入」
「RGが挑戦者の顔面をワンパンで粉砕」「王者がRGにサンドバッグにされる」
「RGが王者の頭をパンチボール代りにたっぷり弄んでからKO」


王者防衛戦前日、男の自室。男と挑戦者の静かな攻防が繰り返し巨大モニタに映し出される。
ガードが堅いし、劣勢と見ればジャッジの死角に上手く入る・・・
男は思う。相変わらず、カラーの自分を白黒コピーしたような選手だと。


嫌だな・・・と、6ラウンド0分21秒KOの勝ち名乗りを受ける自分を見ながら思う。7度目の防衛戦・・・
全ての攻め手を出し尽くした相手は6ラウンド目、どのカメラにも撮られぬよう、一瞬だけ顎のガードを開いた。
雑誌には必殺の流星アッパーと讃えられたが、実際には最後の右はヒットしていたかどうかすら疑わしい。


この防衛戦が決まるまでに、男の陣営は世界中のジムと実に半年近くの交渉を要した。
要するに、「挑んでくれる」相手がいなくなってしまったのだ。


男は、パンチ力もテクニックも中の上という所だったが、徹底した相手選手の映像研究により
攻撃・移動・・・全ての動きの微かな前兆や筋肉の癖を掌握し、決して大きなパンチを貰わない観察眼が強みだった。
ただでさえ選手層の薄い階級だ。男はもう、挑戦の可能性のある上位ランカー全員を知り尽くしてしまっていた。


「最強の孤独」を感じるようになるなんて、思いもしなかった。
何のエキサイトもない、作業的な勝利。こんな事ならボクシングなんかやるんじゃなかったと、男は思う。


落ち込んだ気分を高めるために、一ヶ月前に収録があった放送の録画を見る。
いつも何気なく流しているスポーツニュース内の、「チャンピオン母校に帰る」という小特集だ。
10連続防衛の前にやるなんて、気が早い。ちょっとした皮肉だなと男は思う。


やっぱりうさぎは可愛いよな・・・と、男の心が和む。うさぎと言えばバニーガールだ。
誰が美少女とうさぎを最初に組み合わせたのか知らないが、ノーベル賞をあげたいと男は常日頃思っていた。
ディフェンシブなファイトスタイルだからこそ、バニー姿のラウンドガールは何度も見ることになる。
あの艶姿が、つまらない試合でも男にやる気を与えてくれたのは間違いなかった。


抱き上げたうさぎに頬ずりする自分を見て、嫌な記憶が蘇った。
男は小学校低学年の頃、生き物係で増え過ぎてしまったうさぎを担任の頼みで捨てにいった事があった。
目が覚めるように美しい黄金の体毛を持つ雌で、特に可愛がっていた「みつき」・・・
担任によるくじ引きで「平等に」決められた十「羽」余りの中に、彼女は入っていた。
偽善者めくそったれがと、男はリモコンを叩き付ける。


担任からは、うさぎは「月に帰される」のだと聞かされていた。当時、誰もそれを疑問にすら思わなかった。
何の意味があってこの子達はこんな汚くて狭い檻に閉じ込められているのだろうと、それは疑問に思った。
「みつき」を含めた、生きた十「匹」余りのうさぎを詰めた棺を打ち上げるスイッチの、冷たい感触が蘇る。
大人になって、あの棺に月へ到達する力などない事、宇宙や月でうさぎは生きていけない事を改めて知った。
民間人による打ち上げの成功から数百年、科学の進歩は宇宙ロケットをごく身近な存在にしていた一方で
宇宙ごみ問題を深刻化させていた。その片棒を知らず知らずに担がされていた児童は多い。


再び挑戦者の映像に切り替える。すぐ見飽きて天井モニタを切ると、満天の星空が男を見下ろした。
この開閉式のモニタを兼ねた天窓は、男が王者となった後ファイトマネーを溜めて最初に買ったものだ。
ベガ、デネブ、アルタイル・・・ヘルクレス座もくっきり見える。
こうやって寝そべっていると、星となった先人達と時を超えて会話できるようで、それが男には心地良かった。
「あんた、ヘラクレスにはどうやっても見えないよな・・・俺ならバニーガール座と名付けるのに・・・」
10連続防衛を達成したら、ボクシングをやめて星の世界に進むのも悪くない・・・その思い付きが、男の気を引き締めた。


国内選手としては久々の快挙となる10連続防衛への期待が、ゴールデンタイムでの全国中継を可能にした。
第二の人生へ旅立つ為に、明日はボクサーとしての有終の美を飾ろう・・・男はそう決意し、天窓を閉めた。



[お題で妄想] その9の2


「全国1000万人のボクシングファンの皆様こんばんは
この番組は風が語りかける十万トン饅頭で有名なたいさまハイパーアリーナより実況生中継でお送りしております
今宵はチャンピオンに喫した2度以外KO負けの一切無い鉄壁の防御を誇る挑戦者をリベンジに迎えて
リングという小宇宙空間に闘いのワンダーランドが展開される事は間違いありません
孔子は三十にして立ち実況は三十にしてフリーとなりました闘魂ビンビン物語魔羅勃伊痔郎(まらだち・いぢろう)」
「あ〜、え〜〜〜〜〜解説h」
「解説はカルロス・ボッシュを破った15回の死闘も記憶に新しいご存知炎の鉄人こと一本糞棒一さんでお送りします」
「一本薫です」
「大変失礼しました一本薫棒一(いっぽんがおる・ぼういち)さんでお送りします」


「さて今宵の激闘はラジオでも同時放送しておりますので出来るだけ精っ密にお伝えして参りたいと思います
9連続防衛中のチャンピオンに挑みますはコンドル・マチュピチュまさにその鋼の胸板は筋肉の終着駅」
「でもね〜顔面をこう、っパァーーーーンといったらね〜いくら筋肉あっても意味ないn」
「ペルー生まれのメキシコの星は我々実況の滑舌泣かせのリングネームを持つただならぬ男であります
続いて我らが王者が赤コーナーから颯爽と入場して参りましたさあ後は決戦のゴングを待つばかりで」


「「あーーーっと!」」


「瞼を開けていられない程の閃光が迸るや否や何故か1ラウンド開始前だと言うのにラウンドガールが現れました
ライトアップの故障でしょうか花束贈呈にしては何も持っていませんがどうでしょう一本薫さん」
「ん〜〜、美しい・・・中学生、いや高校生ですかねえ〜〜特にこのふさふさした金ぱt」
「何の情報も入っておりませんしかし何という可憐な少女なのでありましょうか
ショートボブの金髪は歩く度にふさふさふさふさとラジオの前の皆様にこの顔をうずめたくなる柔らかなふさふさ感を
お伝えできないのが残念無念でなりませんがボリューミーに揺れて耳を隠しております耳といえば付け耳です
何か入っているのかまるで生き物の如くぴょこぴょこと動いておりあたかも本物のうさぎさんのようであります」


「あ〜、僕もうさちゃんをね〜飼ってまして〜あの獣臭がたまr」
「私もベーター・エンドルフィンの血中濃度が上がって参りましたああクンカクンカしたい!失礼しました
このむきたてのゆで卵のような艶のある白い肌そして碧い・・・いやライトブルーの艶々レオタードがそのおっぱ・・・
失礼しましたぎりぎりで片手に収まるかどうかの肉質を辛うじて抑え込む様はまさに均整美の表面張力の限界であります」
「ん〜、泣いてるんですかね〜眼が真っ赤っ赤ですg」
「黄金の髪白い耳青の服黒網タイツ白い腕に憂いを帯びた赤い眼・・・まさに男の視覚を翻弄するミュラー・リヤー錯視
それを実現する大胆不敵にして儚げな肢体はボッティチェリのヴィーナスもまっつぁお私はホタテ貝になりたい」


「あ〜〜それに白いのはグローブですかね〜僕m」
「その手には真っ白いグローブがはめられておりますそして向かう先は闘いのリングこれは一体どうした事でしょうか
なんという超挑戦的超々挑発的な出で立ちなのでありましょうか眩しいフラッシュの洪水に妖しく咲き誇る一輪の花
顔面ナスカの地上絵挑戦者コンドルは肩をすくめセニョリータまだ出番は早いぜとでも言いたげにアピールしており」


「「おーーーっと!」」
「「あーっと!なっなっ・・・!!」」


ブツッ


「カメラ!いけますか!?・・・のっぴきならぬ異常事態がアリーナを阿鼻叫喚の渦に包み込んでおります
この魔羅勃も本部席まで飛び散った血の雨に膝が震え戦場カメラマンの皆さんの心持ちを多少は理解できたのでしょうか」
「いや〜『しばらくお待ちください』っていうあの画面、僕好きなんですよね〜アr」
「申し訳ありませんここからはモザイクやピー音をかけて放送せざるを得ない部分もあろうかと思われます
未だ事態の全容は掴めておりませんがコンドルは飛んで行きましたそしてチャンピオンは・・・」
「ん〜、コンドルはもう顎がピーー、再起不能どころかピーーーー、ピーーー」
「早速音声に仕事をさせないで下さいしかし史上例を見ないマッハの攻防が行われた事は確かです
私も肉眼で追えないどころか通常のカメラでさえ少女の動きを捉える事は出来ませんでした
たった今スーパースローカメラの映像が届きました世界最強を争う男達が次々に破壊されたその結果はひとまず忘れ
美少女の真っ赤に染まった右のグローブは何を齎したのかを一つ一つ紐解いて行きましょう」



[お題で妄想] その9の3


「映像はまず血の雨浴びた美少女があーっとこれは何という事か挑戦者の消えた青コーナーから赤コーナーまでを
一歩ですたった一歩で7メートル以上の対角線を斬り裂き男へ肉薄しました信じられません
その網タイツの美脚を左右均等に開き拳は左構えとも右構えともつかぬシンメトリーの拳闘兎妖精
既にインファイトの間合いしかしながらフットワークすらもない魔界のお見合い殺法一本薫さんどう見ますか」
「僕も〜カルロスを破った試合は〜こんなのボクシングじゃないとか言われましたけd」
「その一本糞さんが見てもボクシングとは言えないと」
「一本薫です」


「リプレイですあーっとこれは危ない!着地の衝撃に揺れるその神秘がこぼれ落ちそうで何故かレオタードから離れない!
しかしチャンピオンは乳には目もくれずこれまでのどの防衛戦よりも全毛穴眼球毛細血管野郎であります
この謎の美少女を一瞬の油断もまさしく比喩表現ではない命取りとなる魔物として捉えているのでしょう」
「勝負は眼ですね・・・先に瞬きした方がワンパンチで沈みまs」
「この緊張感スポーツというよりこれはまさに剣豪同士の死に合うと書いて死合であります」


「あっとおーっと!ここからは10000倍スーパースローリプレイでお送りします
ついに均衡が崩れましたなぜ少女はこの状況で瞬きを一回もせずにいられたのでありましょうか」
「え〜、うさちゃんってのは1時間に10回そこらしか瞬きしないそうd」
「人間の話でお願いします」


「さて血化粧の艶姿涙娘はわずか0.12秒の瞬きの隙に右拳を腰溜めに構え
挑戦者をリング下に葬った対人間ロケット砲を装填チャンピオンの眼球が僅かに下へ動きかけますが」
「ん〜、観察眼、洞察力、反応速度・・・これこそ王者の強さd」
「王者はあえて自らの顔面に近い左拳へ視線をキープここです少女の左拳が微かに緊張するのがわかります
恐るべき美少女の巧妙な死の罠王者は真の脅威を左フックと見るや右のボディフックを狙うダッキングあーーっと」


「まさに魔性です真のブラフはアッパーではありませんでした瞬きも許さぬ一刹那の攻防リプレイお願い出来ますか
弾丸と化した少女の柔らかな身体が男の右肘をロープに挟み完全に殺しています左フックの美しき幻影に惑わされた王者
咄嗟に顔面を庇おうとする左顎のグローブその親指部分が摩擦で黒く焦げ今まさにその鼻骨へ破壊の右拳がああっ」
「え〜、右アッパーをブラフと見せかけた左フックを更にブラフと見せかけた、右ですn」


「しかし見た事もない何とも形容し難い・・・何というパンチなのでしょうか」
「あ〜、『ジョルト』ってのがありまして、ふつうハードパンチってのはステップしてから着地の勢いd」
「つまりは着地せず踏み切った勢いを空中でそのまま叩き付けるパンチという事ですね」


「お茶の間の皆様にはやむを得ず全画面モザイクでお送りしておりますが我々にも直視し難い残虐シーンです
リプレイで確認うわっ・・・!ショートレンジからアッパーともフックとも付かぬ白地に血の紅い斑点の右拳が
鼻へグギュウとめり込み・・・既にこの状態で鼻骨が惨たらしくベギゴギと変形し正視に耐えません
まさに顔面を挟み潰す人間スクラップ工場まさか硬いコーナーを使う為にわざとダッキングを誘い・・・私は恐ろしい
画面を覆う赤色はカメラの異常ではなく返り血です鮮血滴るグローブが白目剥く王者の顔面と極限に潰れ合い
鼻と口とをコーナーへ縫い付けると行き場を失い高圧に飛沫く鼻血が口内へはち切れんばかりに充填され
やや縦気味の拳をまっすぐに鼻と眉間だけを覆うように抉ると・・・カメラ止めて下さい
前歯とマウスピースが堰を切った夥しい血の奔流と共に吐き出される様子は放送コードの限界を越えています」


「あ〜・・・ジョルトは空中技だから皆さんは足を据えたパンチに威力が劣ると思うかも知れませんが
この子の跳躍距離は長く、初速と終速の差が激しい。その爆発的な初速を活かすには最高の一げk」
「苛烈なしかし数十分の駆け引きを一瞬に凝縮した素晴らしい攻防でもありました一体何が勝敗を分けたのでしょうか」
「ええ・・・王者に挑戦して来る世界ランカー達は、当然それまでに幾つもの試合を闘っているんですね。
この子の動きは、王者にとって全くの未知n・・・」


「「おーーーーっと!」」
「何という事でしょうか我々がモニタに夢中になっている内にリングにはどす黒い血だまりだけが残され
あの二人は忽然と姿を消してしまいました神隠しでしょうかそれ以前にあの美少女は何者だったのでしょうか
多くの謎を残したままアリーナからお別れしなければなりません皆さんさようなら」



[お題で妄想] その9の4


唇に、熱く柔らかな圧迫感・・・ぼやけた視界が開けると眼球を更に熱い液体、少女の涙が叩いた。
藁のベッドが心地良い。糸を引く唾液は、ニンジンの甘い味がした。
恐怖、高揚感・・・七色の感情が綯交ぜとなった困惑の眼差しが少女を見上げる。


「きみが・・・食べさせてくれたのか」
拳で涙を拭き、笑顔を作る少女。耳が縦に揺れる。
少女が再び覆い被さってくる。男は自らの上半身を僅かに起こし、舌と舌を絡めた。
脳へ甘い官能が、少女の声なき意志が深く注ぎ込まれて行く。


その事実は、男の理解を超えていた。


地球時間で十数年前、ある生物を乗せた一つのロケットが、この星へ偶然に流れ着いた。
星の造り手はその哀れな骸を痛ましく思い、彼らに地球人類を模した姿を与えると、瞬く間に彼らは繁栄した。
赤道ですら地球の2倍の高重力環境下、急速かつ強靭に育った星の民は、溢れる力を持て余し武器を作り戦争を重ねた。
戦火は瞬く間に星全体へ拡がり、何の罪も無い多くの命が失われた。


造り手は、自ら地に放った彼らにより繰り返される殺戮を嘆いた。
そして火器を持てなくする為に現在の彼らの膨らんだ拳を与え、殴り合う事により争いを解決する事を学ばせた。
星から「戦争」という概念は無くなった。


地上から「殺人」が無くなると、彼らの際限のない繁殖本能は
殺される事によって危ういバランスが取れていた食糧資源を急速に枯渇させ始めた。
飢えて死に行く仲間の肉に群がる彼らの姿は、造り手を更に悲しませた。


少女は「エラー」の最初の実験体として造り手自身により生み出された。
口から栄養を摂取するのではなく、その拳から相手の生命を摂るようにプログラムされている。
高重力下で祖先の敏捷性と人間の体格をそのまま組み合わせれば、制御不能の力が生まれてしまう。
それを危惧して造り手は彼らに祖先の身体能力を与えなかった。少女はその両方を兼ね備えていた。


幼き少女に与えられた強大な力と生きる為の闘争心は、生後6ヶ月で星の全ての拳闘士を死骸へ変えた。
少女を恐れた民は暴力を忘れているがゆえに殺す事もできず
飢えた少女を転送装置に乗せ、地球へ向けて追放したのだ。


男は、なぜ少女の眼がこれ程までに赤いのかを理解した。
身体を完全に起こし、胸の中で存分に泣かせる。優しい少女は毎日、独りぼっちで己の殺戮を責めていたに違いなかった。
形の整った乳房が男の胸で柔らかに歪む。美しい金髪を撫でてやると・・・
少女には、耳にあたる部分に耳がなかった。


男の中に燻っていた少女の正体に対する恐怖心を、愛おしさが掻き消していく。肌を合わせて初めてわかった。
熱病のように体温が高い事。碧いレオタードや網タイツのように見える物も、全て皮膚と体毛である事。
その事実と、それを承知で身体を預けてくれた少女への想いが、更に力強く男に少女を抱き締めさせた。


「きみの名前は・・・何というんだ」
首を横に振る少女。
「そうだ・・・『みつき』というのはどうだろう」
頷く真っ赤な瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。その喜びに満ちたあどけない笑みに、男も微笑みを返す。


男はかつて己が味わった孤独感を少女に見出していた。
うさぎは、寂しすぎると死んでしまうというのを聞いたことがある。
この子の孤独さ、寂しさは考え得るどんな事よりも残酷だ。それも永久に続く、理不尽に与えられた孤独だ。
男は、「最強の孤独」などという自分勝手なセンチメントに浸っていた己を恥じた。


少女と対峙した数秒間、男は王者になってから初めて、真のボクシング・・・倒すか倒されるか・・・
十数年のキャリアで培われた眼を一刹那毎に酷使する、凝縮された血沸き肉踊る決闘の醍醐味を満喫し
その瞬間、生まれて初めて鼻をへし折られる激痛と共に、KOされるボクサーの快感に人生最高の絶頂を迎えていた。


「泣く事はない。きみは俺より強かった・・・いい闘いだった」
男は最高に痺れる敗北を与えてくれた少女の為に、何かしてあげたいと心から願い・・・「それ」を思い付いた。


「飢えているんだな・・・」
少女は涙を零すばかりだった。
「きみは優しい。その涙が、何よりの証拠だ・・・恩返しをさせてくれ。必ずやり遂げてみせるから」
男は自らの計画を話した。


少女の拳が、部屋の隅へ向けられる。山積みの藁を手で払うと、歪んだ穴の向こうにはあのアリーナが広がっている。
まるで「アリス」のうさぎ穴のようだと、男は思う。


少女の白い右拳を取り、自らの鼻へ導く。一瞬の逡巡の後、拳は握り締められ男の鼻梁と柔らかに潰れ合った。
「あの思い出の舞台で、必ずまた会おう、『みつき』・・・」
男は、うさぎ穴に飛び込んだ。



[お題で妄想] その9の5


「雲一つない満天の星空の下たいさまハイパーアリーナのリングを漆黒のヴェールが隠しております
その告知から僅かに一週間チケットは当日席のみしかも王者の対戦相手さえも一切不明まさに真夏の夜の夢
謎謎謎の謎尽くしのワンマッチ興行にも関わらず超超超満員のお客さんがおーーっと会場内凄まじいどよめきであります」


「両手首には手錠そして両足首も封印され更に手首と足首を太いチェーンで繋がれ一つのループと化したチャンピオン
世界最強の名を欲しいままにしていた孤高の王者がこのような海老反り姿に堕ちるとは誰が予想し得たでありましょうか
リングの対角線に渡された鋼鉄のパイプに吊り下げられ揺れるその姿はまさに死と再生の象徴ウロボロス
「「おーーーーっと!」」


「閃光と共に『あの少女』がリングに舞い降りました場内のボルテージは最高潮重低音ストンピング攻撃がぎゃあひっ
息が息ができません円盤状の鮮血爆裂音の嵐フックでありましょうか超高速回転する王者はまさに顔面遠心分離器
ただ今スーパースローリプレイが届きました一本糞さんも私も血の圧力に本部席から転げ落ち恐怖と闘っております」


「一本薫です。ああ・・・フックではなく横からのストレートですねこれh」
「目視絶対不可能の人智を超えたスピードです一撃ごとにコマの如くスピンする王者激しく捻れ削れる鋼鉄の鎖
その発狂したトルクをカウンターの爆裂力に変換した拳が王者の頬を波打たせ全身に破壊の波紋を送り込んでおります」
「なんと、凄まじい・・・まず王者に肉薄する一段目のステップを布石とし、踏み締めた勢いそのままに
加速した二段目の超人的跳躍の最高初速で顔面を撃ち抜き、逆サイドへ抜けた反動を更に利用する
ステップ式の強打とジョルトを組み合わせた言わば『ステップジョルト』、人間では不可能でs」
「まさに華麗なる死出の舞踏ダンス・マカブル拳撃の葬送曲そして現在のリング上あーっとこれは」


「人間・・・サンドバッグ・・・!」
「思わず眼を覆わずにはおれぬ残虐であります足を据えたパンチも反応出来ぬ速度と視界を天へ仰がせるに十分な威力
王者自らの血を吸った真紅の拳が砕けた鼻へ正面から爆裂し決して逃れられぬ撲殺連鎖これが人間サンドバッグです」


「ああ・・・左左右左右右左、ジャブもストレートもこの子にはないのです。それどころか左も右もない・・・」
「リプレイが入りましたうわっ・・・鼻血が激突の一瞬にミストと化して全方向へ爆裂四散し潰れた鼻腔からも噴水の如く
私は鼻の奥の奇妙な疼きが抑えられません胸も脚も耳までも王者の返り血に染まり益々その躍動美を加速していく少女
まさにリングに降り立った妖艶なる夢魔しかし王者の魂を焦がす激痛は夢ではありませんこれこそ生き地獄であります
恐らく王者には視界の中で急速に巨大化し暗い激痛と一瞬の窒息感の直後美少女の顔と共に眼下へ消えて行き
再び戻った視界を無情にも弾き飛ばす真っ赤に染まったグローブがあっとここで少女一旦距離を取りました」


「「うわーーーっ!」」
「つっついにジョルトアッパー禁断の対人間ロケット砲発射舞い上がる少女は月面宙返り着地も両足で完璧に決めました
人間サンドバッグの惨劇に破裂音の合間々々の啜り泣きすら聞き取れる程に静まり返っていた場内が
宇宙人の攻撃にでも遭ったかの如く阿鼻叫喚のあひっぶっげほうっ血っち血のシャワー直撃であります何も見えません
まさに我々滝行に来たようであります最初に魅せたステップジョルトの嵐が横への血の華ならば
これは縦への鮮血の仕掛け花火うさぎ花火とでも申しましょうかまるで本部席を狙ったかの如く」


「まっ・・・魔羅勃さん王者の様子g」
「なっな何という事でしょうかリプレイ映像が届きました信じられません壮絶な一撃に王者の身体が頭上のバーを乗り越え
風林火山大車輪状態であります始めは処女の如く後は脱兎の如しとはこの事であります
一体この可憐なる兎娘の何処にこのような残虐狂暴性が隠されているのでしょうか私は恐ろしい
あーっともう一撃更に凄まじい右アッパーが男の顔面を圧縮し顎の骨も歯もメリメリメヂメヂと潰滅していきます
トップロープを越えて舞い上がった美少女は照明に煌めき空中二回捻り妖精の如く返り血を振り撒き舞うその下で
王者は一回転二回転三回転そして哀れ王者四回転半の回転を経て膝をパイプに掛け鮮血を垂れ流すこの姿はまさか・・・!」
「ああ・・・『人間サンドバッグ』だけではないんでしょうね・・・」
「言葉がありません全世界の皆様この王者とこの少女その覚悟の姿最期の晴れ舞台どうか刮目してご覧下さい」



[お題で妄想] その9の6


「軽快にパンチングボールを弾く美少女その一心不乱の姿は一見してジムで汗を流す乙女と変わりません
しかし今破裂音と共に弾けているだろう赤い物体は紛れもなく一個の人間世界王者の顔面
弾けている『だろう』というのは少女の両肘から先の速度を視認する事も困難な為であります
通常カメラの映像をご覧下さいこの赤い光の帯が恐らく少女の拳と王者の顔面ですただ今スロー映像が届きました」


「ああ・・・全ての拳が正確に顔面を・・・」
「スピードバッグという言葉すら追い付かぬその速度はまさに人間ガトリング砲
それも100%の命中率で逆さ吊りの王者の顔面へ殺到しております
もはや王者の頭蓋内の惨状を想像する事すら憚られますこれは人間の可能性その限界への挑戦です」


「・・・拳圧にゆがんで解りにくいですが、王者の顔・・・この表情はまさか・・・
人間、恐怖と苦痛が限界を超え、精神に異常を来すと笑いが出ると・・・」
「いや・・・それは違うと私は思います見て下さい美少女も笑っておりますそれも互いの存在を確認し合う信頼の微笑み」


「ここで少女その真紅に染まった拳を下ろしましたあっと・・・王者のトランクスから・・・」
「ああ、魔羅勃さん・・・これ以上h」
「・・・あの鮮烈な激闘の後我々は最期まで彼らを送り出す事を約束したはずです
私はテレビマンとしての生命などとっくに捨てています・・・一本薫さんもそうでしょう」
「ええ・・・そうでしたね。彼は僕に憧れてこの世界へ足を踏み入れた・・・僕にもその勇姿を見届ける責任がある」


――この世界に入ってから、薄めた人生を送る気はさらさらなかった。
――あの「死合」で、きみは俺にボクシングの醍醐味を、この世に生を受けた意味を教えてくれた。
――俺は最期まで、きみという強者の為に、俺たち二人の望みの為にこの身を捧げたい・・・!


「濃厚な接吻が終わりました・・・二人とも血の涙を流しているかのようです」
「「おーーーーーーっと!!」」


「まっまたしても鮮血のスコールが本部席を襲いしかも何という事でしょうか
余りの回転速度にチェーンが鉄パイプに擦れ火花すら散り鮮血が煙幕と化して立ち昇っております
リプレイです凄まじい脚力にリングに渦が穿たれ少女は月面宙返りそしてあーっと頭上のパイプを蹴り急降下」
「左のチョッピングブロウが顎を・・・王者にとっては真上からのアッパーカットに等s」
「重力すらも操る一撃に仰け反った首筋の皮膚が張り裂け背骨と命が軋む音が聞こえてくるようであーっと!」
「着地の反動を利用した右のアッパーが鼻へ・・・右ストレートに等s」
「少女最強の殺戮技右のジョルトアッパーがストレートと化し王者の鼻骨を粉々に破砕しました
人智を超えた二連撃はその背骨すら砕き尽くし足枷の間に潰れた頭蓋を咥え込ませそして回転が始まりあーーっと!!」


「・・・『ラビットパンチ』ですね・・・」
「一瞬にステップアウトした少女なんと掟破りの後頭部への右ジョルトアッパーであります王者は反動で逆回転
今まさにリング上で『ラビットパンチ』の連打が続いております余りの回転に王者が再び逆回転して見える程です」
「・・・血、血が・・・」
「鮮血の雨が止み・・・そして少女は鉄パイプの反対側その右拳を握り締め高速回転するその顎へ狙いを絞った・・・!」


「・・・最高の、アッパーでしたね・・・」
「ええ・・・リングに散乱する金属片は千切れた鎖そして画面を覆う淡桃色の液体は王者の・・・脳漿です
まさに闘いの会者定離その裂けた唇が最期の言葉を絞り出し瞼が静かに閉じられました
今まさに男は少女から失われました少女は愛する男の骸を抱きかかえ・・・ああこんな涙だけは見たくなかった・・・!」
「「誰かどうかあの子を・・・!うわっ光が・・・おーーーーーーーっと!!!!」」


・・・


「・・・という出来事があって、少女と男を可哀想に思った神様が二人を天に飛ばし、いつまでも殴り合わせたそうです。
なんで『三月(みつき)座』が夏の空にあるのか、みんな、わかったかな〜?」


たいさまシティちびっ子宇宙科学館、満員のプラネタリウム室は静寂に包まれた。
――そりゃそうよね・・・大昔にこの話を考えた人、絶対精神状態おかしいもの。キチ○イよ、キチ○イ・・・


「よっ、クヨクヨすんなって!」
「やんっ・・・このセクハラじじい!」
すれ違いざま長い耳をさすった職員は、顎を撥ね上げられふらつきながらも親指を立てた。
「わわっ、大丈夫ですか・・・?」
「おふっ・・・いいアッパーだ。次も頑張れよ!」


――伝説の拳闘うさぎ、ねえ・・・
新人解説員は微笑みと共に柔らかな両拳を打ち付けると、次の番組の準備へと戻った。