スレ企画[お題で妄想]その3

[お題で妄想] その3 「ボクシング」「格下の少女が相手」「ラッキーパンチ」「まさかの逆転負け」


顧問「お嬢ちゃん、看板を見てくれよ。ここは、ボウリング同好会じゃなくてだな・・・」
少女「何べん言えばわかるのですかっ!わたしは、『ボクシング』をやらせて頂きたいのですっ!!」
顧問「やれやれ、何たるはねっかえりだ・・・おい主将、お前も何とか言ってくれよ」


選手番号"1555"を背にしたその男は、スピードバッグを弾く手を止め、恩師と美少女の方へ振り向いた。
1555「へぇ、1年1組、青空未来(みらい)ちゃんか・・・ひとりで社会科見学かい?じぶんの中学に帰りなよ」
少女「わたしは青空未来(みく)ですっ!それに、こう見えてもれっきとした15歳ですから!!」


男は、全てが信じられなかった。
まず一つ・・・共学になってから二年間、一人の女子の入学も無かったわが校に、このような美少女が入ってきた事に。
そして次に・・・体操着の胸の名札が全く歪まぬ、その体型のあまりの幼さ、平坦さ。少女が中学生ではないという事に。
最後に・・・余りにも可憐過ぎるこのセミロングの少女が、ボクシングという男の世界に踏み込まんとしている事に・・・


1555「・・・いいぜ。ボクシングを教えてやるよ。そこにあるグローブをはめてリングに上がりな」
少女「え・・・!? やった!! ありがとうございます!先輩!」
顧問「ばっ・・・馬鹿!この子を殺す気か!県大会優勝のお前が・・・」
1555「大丈夫ですよ。先生」
適当にあしらって現実の厳しさを知ってもらうだけですから、と男は顧問の耳元で続けた。


少女「何をコソコソと・・・嫌です。本気で打ち合ってくれなきゃ・・・先輩は、逃げるおつもりですか!」
男は私生活でも冷静なボクサーだった。少女の挑発を聴覚から消し、視覚に全神経を集中させ、その肢体を眺め回す。
・・・どう見ても、普通の中学一年生だ。もしかしてこの子は、隠された何かを持っているのかもしれない・・・
1555「俺はいつだって本気さ。お前こそ、気を抜けば保健室送りだからな。覚悟しろよ」


顧問「いいかいお嬢ちゃん、少しでも危険な事になれば、すぐにタオルを投げるからな。じゃあ次のゴングからだ」
白のラインが入った赤い14オンスは小柄な少女には大きすぎたが、そのアンバランスが醸し出すギャップが
男の、その場に居る部員の心を烈しく打ちのめし、部室から一瞬、全ての音という音が消えた。


カーン!!
ゴングが鳴った。残響音の中、全員が固唾を呑む。少女は顔の前でグローブを合わせ、じっと男の顔を見上げている。
少女「わああああっ!」
突進する少女。その勇姿は、男の予想を真逆の方向に裏切ったものだった。
少女は右拳を突き出したまま、パタパタと真っ直ぐに走り、走った勢いで自らロープに頭を打ってよろめいた。
眼は全く、閉じられたままだ・・・ボクシング技術、それ以前の問題・・・避ける必要性すら、ない・・・
カーン!!


3分後、男と顧問は顔を見合わせていた。少女にかける言葉が、どうにもこうにも・・・見つからなかったのだ。
少女「ハァッハァ・・・ありがとう、ございました・・・!!」
ドクン。歯を食いしばり部室を去る少女。一瞬に見せた、鋭く睨み付ける眼差し・・・それは男の脳を激しく揺さぶった。


男は家路についても、何をする気分にもなれなかった。
1555「ちょっと散歩に行ってくるよ」
1555母「1555ちゃんもお腹すいたの?コンビニでこれ買ってきてくれない?」
心は何故か火照ったままだ。男は、コンビニとは真逆の方向へ走りだした。
――パンチは、俺にかすりもしなかった・・・だがあの子は、紛れもない「ボクサーの眼」を持っていた・・・
――何も出来ず、悔しかった、んだろうな・・・
高校からボクシングを始めた男と、少女の今の惨めな姿が重なる。
――いかん、コンビニに行くんだったな、俺は・・・


不良「こんな時間にジョギングかい?そんなことより俺たちとフィバろうぜ、なあお嬢ちゃん・・・グヒヒ」
コンビニから出ると、少女の汗の爽やかな香りが鼻を打った。何という事か、少女も走りに来ていたとは。
男は左手で顔を隠すフードを押さえつつ、やり場のない心の火照りを連中の下卑た面の皮にブチ込んでやった。
少女「あっ、ありがとうございますっ・・・!せめてお名前・・・あっ、待って!落とし物っ・・・!」


1555母「1555ちゃんの『からあげちゃん』はどうしたの?」
1555「ああ、ひと袋・・・買うのをさ、忘れちゃったんだよ。それに、ボクサーの身体には毒さ」
少女「おいしい・・・ありがとう、『からあげちゃん』の人・・・」



[お題で妄想] その3 つづき


1555「やあ、『弱い』未来ちゃん・・・ここを通ると思っていた・・・部に・・・俺に、用だろう?」
少女「ふざけないで!!いい加減に名前を覚えて下さいっ!わたしの名前は弱井じゃなく・・・あっ」
1555「そうだ。もう一度言ってやろうか。君はいま『弱い』・・・いや、『弱すぎる』」


男は床についた後、夢の中でも少女の事ばかり考えていた。何がこの子に足りない?何を引き出せば、強くなれる・・・?
少女「うるさい!だまれっ!!先輩なんか死んじゃえばいいんですっ!!」
1555「悔しいか!そんなに悔しければ、俺を殴れ!殴り殺してみろ!ボクサーだろ!お前のその拳は飾りか!!」
少女「うっう・・・あああああっ!!」


バシッ!
少女の小さな右拳。掴んだ男の左手へ、確かな痺れが伝わった。
1555「連打はどうした!ガードは!・・・試合なら、これでKOだぞ!!」
男は少女の頬へ右拳を突き付けながら思う。やはりそうだ。少女には、不足ではなく、「余計」なモノがあるのだ・・・
ゴォッ・・・!
教えてもいない左のアッパーカットが、男の伸ばした両腕の隙間を縫って迫り来る。
――そう・・・「憎しみ」「怒り」・・・「殺意」・・・それら感情の激発を抑える「タガ」が。
男が右拳を戻し、身を躱しながら右のフックで白く柔らかな頬を軽く撫でると、ついに少女は、その場に泣き崩れた。


それから3週間・・・男は部外で少女にパンチを教える一方、良心の呵責に耐えつつ、毎日寸止めの恥辱を舐めさせた。
少女の中で屈辱の火が炎と化して燃え盛り、溶岩の如く爆発する事を、ひたすらに待った。


ついに少女は学校にすら、来なくなった。やりすぎたのか・・・男は、自分を責めた。
顧問「珍しいな。お前が放課後すぐに部室に来るなんて・・・どうしたんだ?」
1555「・・・・・・」
顧問「・・・わかったよ。これ以上は、聞かねえ。さっそく、軽いメニューから始めようか・・・」
そして更に、1週間後・・・


夕焼けの光を背に、目の覚めるような美少女がやってきた。
少女「1555選手は居ますか」
顧問は、美少女の変容に、驚きを隠せなかった。艶やかに伸びていた髪が切り落とされ、小さな耳が出ていた。
1555「あいにく女を殴る趣味はない。よそをあたりな」
少女「そんなに私に負けるのが恐いのですか。鼻をへし折られ、惨めにリングに這いつくばる事が・・・臆病者」


再び、部室から全ての音が消えた。血の臭い漂う、張り詰めた沈黙だった。
ショートカットの少女は、その冷たい色彩の髪飾りを男へと投げ付けた。
1555「ふん、紫の苧環オダマキ)か。花言葉か何かか?」
少女「これからわかります」


顧問「いいな・・・1ラウンドだけ・・・何があっても、3分だけだ」
生徒の生命を守るべき教師を含めた全員が、少女から匂い立つ狂暴なる光の波動に打ちのめされ、正気を失っていた。
――帰ってきてくれたんだな・・・感じるよ、お前の「ボクサー」を・・・


カーン!!
真っ直ぐに間合いを詰め、標的を射程に捉えた瞬間・・・つま先から全身を捻った、渾身の右拳を突き出す。
冷静に見れば「0点」が「30点」になっただけだが、一ヶ月前の少女の有様を記憶している者にとって
その儚く幼い体躯に似合わぬ重い拳圧に秘められた「殺意」は、得体の知れぬ胸騒ぎを予感させるに十分だった。
――そうか、お前は俺との再戦の為に、姿を消して技とハートを磨いていたのか・・・俺の為に・・・
――震えるぜ・・・!今、お前は立派な「ボクサー」だ・・・!ならば俺はお前の為に、全力で最高の敗北を贈ろう・・・!


男は開始10秒で見抜いていた。少女のボクシング、その致命的な二つの欠陥を。
一つは、KO以外の勝ち方を知らない事。
そしてもう一つは、パンチを出す度に眼をつぶる癖が、治っていなかった事・・・



[お題で妄想] その3 つづき


男と少女は、本気だった。お互いの心を、最も徹底的に破壊できる勝利を目指していた。
即ち、少女は男をリングに沈める。男は一切手を出さず、少女に絶望と屈辱の180秒を再び舐めさせる・・・


残りタイム60秒、一方的な勝利は、誰が見ても男の頭上にあった。だが、焦っていたのは男の方だった。
ズバァンッ!
少女の右ストレートがコーナーを激しく叩く。身体から水平に50cm以上も離れたその一撃に、男は総毛立った。
――これだけ翻弄してもっ・・・!諦めるどころかっ・・・!屈辱を更なる殺意に変えてきやがるっ・・・!


県大会を制した男の流麗なフットワークが「100点」を超え「130点」に加速する。
その「30点」を増したのは、格下の美少女に対して芽生えてしまった・・・怯えだ。
――もっと速く!もっとだ!俺の動きに付いて来てみろ!・・・もっ・・・!?


ズバァンッ!!
1555・少女「「あっ・・・」」
男の視界が一回転し、天井が見えていた。少女は己の14ozに破裂した男の鮮血を体操着で拭くと、コーナーへ戻った。
顧問「えっ・・・お、おいっ!!ああっ、目を覚ませ!しっかりしろっ・・・!!」
少女「先生、カウント」
顧問「ひっ、わあっ・・・くっ! ワン!・・・ツー!・・・スリー!・・・」


カウント8、男はコーナーを背中でよじ登り立ち上がった。カウント8まで休むは、ボクシングの定石・・・
だが、男は休んでいたのでは、なかった。すぐにカウントが始まれば、確実にKOされていただろう・・・
男は今まで、一度もKO負けを記録していない。初めての、ノックアウト・・・その屈辱を齎す者は、光り輝く美少女!!


その一撃は「ラッキーパンチ」としか、形容のしようもなかった。
少女は最初から、男のステップに即応できていなかった。追いすがる動きが、ワンテンポ遅れていた。
しかも眼も閉じられている。そのパンチの行き先の「ずれ」が、男を精神的に追い詰めていった。
そして加速する男と一定の少女のリズムは、徐々にずれ続け・・・ついには一周して、揃ってしまった。
振り抜かれたフック気味の右ストレートは、左に躱され、右へ切り返した男の顔面と激突したのだった。


キュキュッ!!
対角線から、少女が弾丸の如く迫り来る。
少女「わああああっ!!」
――顎がグラグラして、自分の体が、動かな・・・
1555「おわああぁあぁああっ!!」
少女の眼は、ついに見開かれた。そして、憧れの人の顔を叩き潰す感触に、眼が開かなかった理由もわかった。
恐かったのだ。傷つけられるのが、そして、傷つけるのが。いまは、飛び散る返り血が、眼球に心地良かった。


ドパァンッ!!バンッグギュッ!!ゴグンッ!!・・・ボグシャァッッ!!!
その実際の威力とは裏腹に、スローモーションの如く、少女のパンチは男の記憶へ克明に刻まれた。
真正直に鼻を潰す右ストレート。横っ面を薙ぐ左のフック。間髪入れず膝が落ちた所を、右拳でコーナーと挟まれた。
左のアッパーカットが顎へめり込み天井を仰ぐと、何か白い布が紅い霧の中に浮いているのが見えた。
男は理性の糸の千切れる音を聞きながら、視界に拡がる右ストレートを安らかに迎え入れた。
鼻の骨が折れる激痛は、最後まで少女が己を本気で叩き潰してくれた事の証だった。
男は、奇妙な、それでいて最高の充実感と共に、必死に留めていた意識の幕を、下ろした。


・・・


1555「ラッキーパンチって言葉、知ってるか」
勝者と敗者、少女と男は・・・いま保健室ではなく、町立病院にいた。頷く少女に、男は続けた
1555「ラッキーってのは、諦めない者の頭上にしか降りて来ないんだな・・・」
少女「すごい!先輩は物知りなんですね!でも、お鼻がぺちゃんこで説得力ゼロだなあ・・・うふふっ!」
1555「てめえ・・・言ったなこの・・・うっ?」


男のズタズタに裂けた口内へ、熱く懐かしい味覚が、14ozよりも柔らかな衝撃と共に詰め込まれた。
安っぽい油とお互いの唾液が混じった液が糸を引き、少女の淡桃色の唇の感触が、熱さを麻痺させた。
少女「先輩の好きな・・・ドーソンの『からあげちゃん』ですよ。これからは・・・好きなだけ食べられますね」
からあげちゃんの胃に悪い味を、塩辛く爽やかな風味が中和した。男は、涙に震える少女を優しく抱き寄せた。


1555「泣くな・・・わかったろう?勝負ってのは、残酷なもんなのさ・・・ボクシングが、嫌いになったかい・・・?」
少女「ううん・・・わたしは、ボクシングが好きです! ・・・先輩の次に・・・!」


1555「お世話になりました」
顧問「お土産、待ってるからな。本場のタコスがいい。あとは・・・ベルトもな」
男の夢は、「未来」へと受け継がれた。二人の、新天地での闘いが始まる。